一本チャレンジャー…自選エッセイ集【30】
それは昨今の干潟ブームが興る以前、まだ、会う人は知り合いばかりという、静かな夜の海での出来事だった。
ルアーを投げる度に、潮に乗って流れてくる千切れた海苔がフックに絡んで閉口するが、それさえ無ければ、毎回のようにアタリがある。
手持ちの色々なルアーを試していたところ、その日はウッドのリップレス105に反応が著しかった。浅場から船道の深場にかけて、チョンチョンとイメージでは5センチぐらい動かしてから、スーッと優しく、ゆっくり引くとスズキが盛大な補食音をあげる。
このルアーで、こうした使い方をすると頻繁に飲まれてしまうので、いくらバーブレスにしていても、フックを外すのが厄介だ。時にはエラからルアーが飛び出して、腹の辺りにスレがかりしてしまうものもある。当時の105には、小さめの先端がネムリのフックが付いていたから、なおさらそういう現象が起きた。 だから仲間内では、しばらくこのルアーを封印していたのだが、その後、幾分フックを大きくして、飲まれ対策を施して再び使うようになった。(ここにTKLM90の原型になる考え方がある)
◇つっかえ棒
そして、ルアーを飲み込んだスズキを、ランディングしてみると、たまに口の中の何処にもフッキングしていないのに、ルアー自体がつっかえ棒となって、外れない場合がある。主に、ルアーを頭部から飲み込んだときだ。これは、高速リトリーブでラインにテンションがかかり過ぎている状態での釣りでは、滅多にない。
◇一本針
私はそこで、かって見たことのある一本針のことを思い出した。一本針というのは、太古の昔、まだ針の材質が動物の骨だった時代からあり、もしかしたら、ごく普通のフトコロのある曲がった針形状より先に作られたかもしれないものだ。
たぶん二十年以上前になるが、どこかの雑誌で、餌釣り師が一本針を手製して、それにイソメか何かをハリスまでコキ上げて、メジナを釣ったという記事を見たことがある。
私も作ってみたが、ハゼとかカレイなら釣り易いが、この針には致命的な欠陥がある。折れやすく、呑まれ過ぎると取れなくなってしまう。また、魚の歯によってはハリスが切れる。それに何よりも、あらかじめ想定した口の大きさの魚しか釣れないのだ。普通の形をした針なら、大小関わらず、とにかく引っかけることはできるが、一本針のほうはハゼ用の長さだと、まずフッコは掛からない。その反対は、なおさら無理があるだろう。そんな理由で、いつのまにか忘れられた針の形式になったのだと思う。…
◇幻の企画
欠陥だらけのこの針だが、私はかえって面白いと感じた。ルアーに応用すれば、全く針の無いルアーが出来るからだ。想定した口のサイズを持つ魚しか釣れないのは、むしろ大物を狙うと言っている者には好都合だろう。既存のルアーだと、どんなに大型ルアーを使っても、やはりセイゴクラスは掛かってくるが、これは、ほぼ完璧にサイズを選ぶ。
早速構想を練り、大中小の、仮称、一本チャレンジャーとして企画会議にかけると、面白がってくれるのだが、どうも乗り気が薄い。本当にそれで釣れるのかと聞かれて、正直に、釣果はまず十分の一になる。ただし、想定したサイズの魚であれば、熟成させて三分の一は捕れるようになるだろう、と言った。すると、さんざん釣ってきた二宮サンなら、そんな遊びもいいのだろうけれども、大半の人はとにかく釣りたいと思っています。と言われて妙に納得してしまった。
丁度市場では、絡めて獲る3本フックタイプが人気を集めつつあり、トレブルフックもより鋭さを求められてきた頃だから、時期尚早という意見も当然だった。
その他にもマイナス点の指摘が多かった。冗談ではフックメーカーが困るといったものや、真面目なところでは魚の口の中を余計に傷つけてしまうのではないかという心配など、クリアーすべき問題が出て来た。確かにこの手のルアーは、完成を焦って不完全なものを出すと、単なるオモチャになりかねないところがある。しかし、私は諦めたわけではない。試行錯誤は続行中だ。
想像してみて欲しい。ラインの先に結んだ一本チャレンジャーのサイズを見れば、その人が何を狙っているのか一目瞭然だ。釣果は三分の一になっても、ファイト中のハラハラ感は三倍になる。数釣りに飽きたベテランにこそ、打ってつけではないか。その人にとって、満足感のない魚を次々とリリースするよりも、魚は初心者のために残しておくほうがよいだろう。
◇お試し
ということで、市販できるかどうかは判らないので、ちょっと経験してみたいと思ってくれたら、完璧ではないが方法がある。手持ちのルアーでも簡単な改造で作れる。相手の開いた口より少し長い手頃なサイズのルアーのフックを全部外し、代わりにフリーでフックと同じ重さのガン玉を付けて、バランスをとる。これだけだ。
大切なのは釣り方の方である。なるべくラインテンションのかからない引き抵抗の少ないルアーで、スローな釣りを心がけると呑まれやすい。ラインが緩んでいれば、よりボリュームのある頭部から吸い込む確率が増える。その詳しい理由については、エッセイ「バキュームキッス」に書いてある。
そして、ルアーのお尻のアイをニッパーで分断して引っかかりを作れば、率はアップするが、やりすぎると口の中を傷付ける。また、当然ラインシステムを組まなければならないが、太く硬いものは吸い込みの邪魔になるからダメだ。アワセにもコツがいる。要は釣り全体に柔らかいイメージがないとバレル。
ルアーは、吸い込みの良いリップレスミノー系の他、バイブレーションやローリングベイト、ジグでも何でも出来るはずだ。ただし、断っておくが、アイが背中にあるもののほうが、一本針に近く簡単なような気もするが、事はそんなに単純ではない。掛かりやすい形状は外れやすい傾向がある。
◇最後に
フックを取って、ベストバランスさせた小さなシンプルなデザインのルアーは、思った以上に高確率で吸い込まれる。だから、大昔から、口に入ったら針が飛び出すという発想のルアーはあった。かっては未完成のものだったが、現在の技術でならば、そういった地獄針ルアーを作ろうと思えば出来るから、この先どこかのメーカーが発売するかもしれない。このまま、売れれば何でもありという風潮が続けば有り得るから心配になってくる。
しかし、一本チャレンジャーは、そういった発想からは遠くにありたいものである。だからといって、そんなに大袈裟なものでもない。釣りという遊びの中での楽しい一方法にすぎないのだ。私自身も、まだ飽きるほどは釣っていないので、使うのは入れ食いの時とか、普通のルアーで何匹か釣って、余裕ができてからだ。すると、先ほどの魚とは別物の反応が返ってくることがある。釣る方法が変われば、日頃見慣れた相手の性質まで変化するのである。
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2003年3月、岳洋社さんの「SW」に掲載されたものに少し加筆しました。 引っ掛かる針が無いと案外、簡単に吸い込みます。
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