風の思い出…自選エッセイ集より【9】

     ◇決まり文句
 まだ、海のルアーマンが一般に認知されていないとき、つまり、イシダイ師やメジナ師から怪訝な目で見られながら、ルアーを投げていた頃だ。
 知り合いの漁師と、魚を捕るには、どんな日がいいのか話し合ったことがある。 季節や時合いについては、おおむね意見が一致するのだが、潮や風のこととなると、ときどき正反対の考えを述べるのだった。もちろん、漁師は私の意見など、笑って聞いていたものだ。俺達は毎日海に出ているんだから、というのが決まり文句だった。
それから、しばらく私は月に二十四日ペースで釣行を続けることになった。その漁師が先月は二十三日、海に出たと言っていたからだ。かなり無理をしたので、車が潮で融けて、窓すら開閉できなくなった。
 始めは漁師に一点に限り反論するつもりでいたが、そのうちどうでもよくなった。どちらも間違っていなかったのだ。漁師は魚がまとまって動き、網に入りやすい日を正直に答えていたし、主に岸釣りの私は、魚が接岸し易い日のことを言っていたわけだ。目前に外洋が広がる磯場では、ルアーの射程に魚が入ることは、そうそう多くはない。
 潮の流れや方向も、風の強さや向きも、それぞれ大切な要素であることには変わりなかった。ただ、俺達は毎日海に出ているんだから、という言葉は、以前のように、ただの決まり文句には聞こえなくなっていた。
 日を選ばず、とにかく毎日海にいるということは、毎日、異なる風の流れの中で、確信と諦めと、期待と失望とによって、頑なな思い込みを溶かしていってくれるものなのだ。
 それまで、平砂浦というサーフでは、シーズンを通すと、スズキとマゴチとヒラメが等分に同数釣れるとは思わなかった。また、とある磯場では、ヒラスズキの移動経路が必要以上に解ってしまい、恐ろしくなって釣りを封印し、後輩に託して自らは立ち入らないようにもなった。漁師は、本気か冗談か、その場所を教えろ、網入れようという。笑って誤魔化すしかなかった。
    ◇旅人
 商売が当たって、一時的にリッチマンになった釣り好きな友人がいた。それまで多忙で、旅行など興味もないふうであったが、ある日、突然、奥さんと共に世界一周旅行へ出かけたと聞き、驚いた。 二人が旅先から帰って来てから、二月ぐらいして会った時に、何百枚もの写真を見せてくれた。よくぞ短期間に、これだけ回ることができたものだと感心しながら、そのうちの見知らぬ何枚かの説明を求めたら、なんと、本人はそれが何処だったのか判らないのだ。イギリスかフランスかさえ覚えていないところが彼らしい。
 一方で、新潟の巻機山というところに、季節を変えて何十年も登り続けていた友人もいる。山の踏破記録などとは無縁のところに興味があるらしく、行動圏は広くても偏っている。
 この二人、一見、相容れない趣味を持つようでもあるが、長年の友人の私から言わせると、旅行に求めているものが案外共通しているのだ。旅人の志向を大別すると、旧所名跡、神社仏閣とか歴史的なものに興味の大半があるものと、旅先の風の匂いとか、陽の光の柔らかさ、厳しさとかの自然の営みのほうに惹かれるものとがいる。
 この二人は後者のほうである。言葉少なく、地中海は気持ち良かった、という彼と、言葉巧みに、高原の風は目に見えるから飽きないという彼は、旅の志向が似ている。そして、たぶん私も、だ。
    ◇オートバイ
 …夜明け前までは、街路樹が微かに揺れる程度の風だった。それが、海から輪郭の鮮やかな太陽が上がってくると、にわかに強い南風が吹き始めた。車のドアを押す手に力が入る。
 ウェーデングして、岸から百メートル先にある小さな沖根に渡る頃には、時折風速二十メートル近い逆風となった。
 波飛沫は派手に浴びるが、風波がウネリへと変化する三十分ぐらいの間は波のパワーが弱いので安全だ。構える間にも、いいサイズのスズキの反転が見えた。二匹釣ったら、潔く帰るのだと自分に言い聞かせる。
 さすがに、いくら重心移動システム入りの試作ルアーとはいえ、この状態では風の息を狙って投げても飛ぶはずがないが、今は魚が近いので充分だ。十三フィートのロッドは、横に構えてリトリーブすると、まずバットが風に負けて後方に曲がり、ティップはルアーの抵抗で、とりあえず風上に向くものだから、S字状になっている。スズキがヒットすると、ようやくロッドがいつもの弧を描くが、風の助けが余計で、すぐ足下まで寄ってきてしまう。が、これはバレた。次から次ぎにヒットして、そしてバレる。こうゆうときは、そうゆうものなのだ……。
 理由あって、オートバイを降りてから、その昂揚感に匹敵するものを探していた。それを見つけたような気がした。この感覚は、あの三月、雪解けを待って敢行した、十和田湖の奥入瀬渓谷道を突っ走ったときと同じようだ。
 寒い季節の中で久しぶりの暖かい日に、両側から雪の迫る狭い道を走った。ヘルメットのヒビわれたシールドが曇ってしまい、前が見えるのは、わずかにヒビを繋いだ透明テープの部分からだけだ。不思議とそこだけ曇らない。緊張はしても何の不安も無かった。  
 厳冬の北海道を三ヶ月で回って、青森に渡り、やっと辿り着いたクライマックス。シリンダー回りの冷却フィンに、詰まったドロが陶器のように硬化して、叩いても取れない。新車で買ったオートバイもたった四千キロで廃車になった。度重なる転倒で、穴の開いていない服は無くなった……。
 風を切り、風に身体を預けるといったようなことから得られるオートバイの昂揚感は貴重だが、それはある種の釣りの中にもある。海と風と魚達の演出が、もっと完璧なら、自然との一体感という点では勝るかもしれない。 そんなときは現場に向かう車の中で確信することができるのだ。スズキはすでに釣れている、と。
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2002年11月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。あの廃車にしたオートバイは鉄屑として売る気になれなくて、自分で解体しシリンダーは今もペン立てとして使っています。十和田で偶然出会った、某バイクメーカーのデザイナーの方、私のこと憶えているかな…。 

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