ヒラスズキありのまま…自選エッセイ集より【16】

SW,岳洋社

 四年前(95年)、魚が好きで堪らないといった感じの海洋生物の研究者と会う機会があった。彼に、あるヒラスズキの事を話したら、笑われたことがある。
話が佳境に入り、私はつい、同魚種でもたまに性質どころか性格が異なるものがいる、と断言してしまったからだ。
魚の研究者にとって、スズキはスズキであり、ヒラメはヒラメだ。分類学上、頑固なヒラスズキⅡとか、ほとんどマルのヒラスズキⅢとかはいない。
当日は研究所で飼っているスズキ、鯛、ヒラメをはじめ、実に多くの魚の生態や餌付けを見せてくれた。どの魚も飼い慣らされたコイのように人に寄ってくる。カレイなどは愛嬌さえ振りまきそうだ。まさしく研究者の言うとおりの魚たちだった。
私が知るヒラスズキはこんな食い方をしない、と言ったらまた笑われた。それでも研究者はやはり同好の士、私の話す魚に強い興味を持ってくれた。そこで、後日、「スペシャルヒラ」を持ち込むことを約束した。
◇捕獲
それから二年。実は一年目は、捕獲には成功したものの、大き過ぎたり、輸送で失敗したりと散々だった。生きたまま研究所に持ち込むという作業を甘く見ていた。また、見た目、傷ひとつ無いヒラが数日後から無惨な姿になることを見て呆然としたものだ。原因を探り、捕獲方法を改めた。(このことが‥リリース方法の確立を願って‥という原稿に繋がった)
そして、ようやく私の思うところの、将来、居付きになりそうなヒラスズキを捕まえたら、研究所にはすでに九州産の小さなヒラフッコが数匹確保されていた。それも河口近くに生息していたものである。比較するには丁度良いかもしれない。
私のヒラスズキ像が確かなら、その後に捕まえた数匹と併せて研究者を驚かせるはずである。そうでないと、私の思い込みということになってしまう。
いずれにせよ、もうすぐ彼等が証明してくれる。
◇耳石と体色
ヒラスズキそのものについては、魚類図鑑を調べればおおよそのことは解るようになっているが、まだ、マルスズキとの違いはある。
まず、耳石(85センチで2センチぐらい)を見ると、マルに比較して厚く、丸く、しっかりしている。外見が似ている割には違いが大きい。行動形態の差が目に見えるようだ。多分、行動がマルっぽいヒラは、ここもマルに近い部分があるはずだ。(リリースが多く、サンプル数が少ないので確信はないが)
そして、体色は、意外なことにある程度は魚自身で変えることができる。モノトーンだから判りづらいが、ブラックバスの模様のようにかなり変化する。
また、全般に本隊の群れが大きい程、それぞれの個体の色が明るくなり、群れが小さくなるほど暗い色合いになる。これはマルスズキも同様だ。昔、よく居たデカくて真っ黒の魚体は居付きのヒラであり、あまり群れでの行動はしない。入れ食いのときは、たいてい明るい銀色の魚体が多くなる。
また、四国で釣ったヒラは、背がグリーンがかっていたが、房総ではあまり見かけない色だ。
そして、耳石近くの脊椎をシメると、ごく稀に一瞬のうちに色を失い、アルビノ状態になる。それが、完全に息絶えると元に戻る。体表そのものに色が付いているわけではないのだ。
注意してみると、ファイト中にも変色するが、初めの一匹が小さい割に黒っぽかったら、ほぼその後の釣りが判ってしまうので、期待感を損なうかもしれない。                                 ◇証明
さて、あのヒラスズキを研究所に委ねてから半年後。
研究者から困惑と喜びの混じった声で電話があった。それまでも海水(魚体)との温度差がある素手で触った魚体の生存率が低いことと、完璧な方法で捕獲した数匹については元気であることの報告は受けていた。
性質については、やはり私の言うとおりだったという。我がスペシャルヒラは、他の魚種はもちろん、河口のヒラとも違って、人前で餌を取ることを拒否し続けていたのである。
これだけ毎日世話をして、人に慣れない魚は珍しく、特に形が似ているスズキが簡単に餌付けできることからして、驚きを隠せないようだ。彼は人に媚びないこの魚を好きになったという。
この後、ヒラメやスズキ、コチについても、ある場所で、特定の方法で釣れた物は、性質や魚形が異なるという私の話を真面目に聞いてくれるようになった。(腹が雪色の空飛ぶヒラメのことさえも) しかし、困ったことに、あまりにも頑なな性格の魚を持ち込んだものだから、必要以上に餌を拒み過ぎる。仕方なく、すでに餌付けの済んでいる九州産やマルと同居させて安心させたり、様々な工夫をしたようだ。安定して餌を食うまで二年を要したのである。
現在は、天然循環海水と太陽光、人工サラシ風のアブクとシェードに守られているが、相変わらず人が来ると定位置に隠れて、こちらを伺っている。(この数年後、大きくなって元気なまま海に帰した。)
磯に立つときは、このことを忘れない方が良い。
◇個性
同一魚種で性質の違いが認められるのを環境だけのせいにすると、とりとめのない話になってしまう。だから、あえて一言でいえば、単純に群れ単位で親が違うからだと思う。
餌釣りのようにほぼ一定の釣法では、魚の反応も一定で、性質の違いはなかなか感じられない。ポッパー、ジグ、ミノーと幾つもの手段を持つルアー釣りだからこそ確かめられることだ。
一匹の親が産める卵の数が何万個、生き残るのはその数%のみ、という説明がよくあるが、それはあくまで数字上のことである。
実際の海を見続けていると、状況によっては一匹の親が産んだ卵のほとんど生き残ることもあれば、反対に一匹残らず死んでしまう場合もあるというのが自然であるように思う。残酷なほど偏っているはずだ。
浮遊卵であるシイラのような魚の同サイズの群れは、たった数匹の親しか持たない可能性すらある。
その年、その季節、その群れで、共通の遺伝子を持つ魚体が固まっているのなら、性質にも偏りが生じ、釣法にも違いがあって当然だろう。そして、個々の魚の性質が、現場で当日の海況と複雑に絡み合っているわけだ。
◇ありのまま
今年の微妙な海況は、今後どう展開するのか見ものである。十月だというのに庭の桜が狂い咲きしたのも気に掛かる。 確か、かってこのような年の数年後、房総ではヒラフッコがたくさん釣れた覚えがある。楽観的なのはルアーマンの宿命か。
釣れるにせよ、釣れないにせよ、ありのままを丸ごと楽しもうと思う。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
1999年1月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。中に、背がグリーンがかったヒラは房総では見ない、とありますが、去年あたりから稀に見かけるようになりました。二十年以上、ヒラをやっている南房の友人も初めて見たと言っています。ここ数年、西日本で釣ったことのあるような雰囲気の魚体が目立ってきました。これも、アレのせい?(冒頭の写真は、房総中でヒラやマルが数多く釣れた日の海)

Posted by nino