三つの虹…自選エッセイ集より【6】

SW,岳洋社

    ◇レインボウドラグ
リールの回りに七色の虹が架かった。初めて、それを見たとき、リールから延びるラインの先には、全力疾走中のシイラがいた。ラインが勢いよく放出されて、細かい水しぶきが上がり、そこに虹が架かったのだ。
思わず見とれてしまい、ドラグがロックしかかっていることに気付かず、ラインが切れた。まだ、市販前の大切なオリジナルルアー、つまり後のK―TENがメーターオーバーのシイラと共に消えてしまった。そこで小さな虹も消えた。
あのルアーが、もしもそこで無くならなかったら、その後、発売されるものの形も微妙に違っていたかもしれない。
最近はリールに架かる虹を見なくなった。どうも、虹を形成する条件が満たされていないようだ。
当時は、リーダーシステムも知らず、4号程度のライン直結であったため、精度の甘いドラグを初期ロックが無いように相当緩めにセットしてあった。だから飛沫も盛大に上がったのだ。
ヒットさせるのは、今よりはるかに簡単なシイラであったが、掛けてからは現在の道具による二十キロのヒラマサよりも手強かった。最新のリールの精巧なドラグは、シイラぐらいの魚を一方的に何十メートルも走らすことはない。ラインローラーも大径になりラインに無理がかからず、逆転による飛沫も少な目だ。
道具の進歩は、歓迎すべきことだが、それによって、幾つかの釣りのメモリアルが失われてゆく。あの虹もそのひとつであった。

◇レインボウレシピ
料理は色に例えられることもある。とは言っても、七色ぐらいでは本職のコックから、そんなに浅いものではないと怒られそうだ。
虹にも外側と内側に不可視領域があるから、料理にとっては、さしずめ隠し味といったところか。しかし、それを書くには、私は味覚上の経験不足を自覚しているので相応しくない。料理用のハーブについてさえ、先日UM嬢に教えられて、初めて目覚めたところだ。それまで、自宅のすぐ近くにハーブ園があることさえ気付かなかった。
だから、私に語れることがあるとしたら、刺身についてぐらいだろう。
旨い刺身には、目に見える虹がある。先日も、友人の釣った二十キロの夏が旬のキハダマグロをさばいて、メンバー数人と分け合った。各人がそれぞれ自宅で刺身にして食べたようだが、私のさばいたものが一番旨いといってくれた。別物のようだとの感想もあった。
それだけ気を使っているのだ。最後に切るマナ板は、あらゆる匂いが移らないように熱湯消毒して乾燥したものしか使わないし、包丁も同様だ。
そして、とんでもなく切れる専用の包丁を使う。砥石で研いだものを、さらに製図用のオイルストーンで、ルーペを見ながら仕上げている。
細胞の壊れた冷凍物ではなく、生魚やヅケにしたものを、その包丁で切ると、赤身でも白身でも、切り口には光を反射して、虹が現れるのだ。
本来、味は変わらないはずの同じ身が、質を変え、口触りが格段に良くなる。これだけは、一流料亭と同じか、少し上をいっていると思う。私は、これを“コスナーカット”と名付けた。映画のボディガードを見た人なら、そのイメージがわかるだろう。(ケビンコスナーの持つ日本刀に、ホイットニーのスカーフが被さり、ハラリと音もなく切れた)

◇リアルレインボウ
三つ目は本物の虹である。海の上にいると、雨が遙か彼方からやって来たり、通り過ぎるところを見ることができる。当然、虹を見る機会も多くなる。
海外となると、日程に余裕がなく少々の悪天でも船を出すから、益々、多くの虹を目前にする。思えば、どこの国でも虹と出会った。
ところが、日本にいて、あまり船に乗らなければ、虹なんて滅多に拝めないと友人に言われた。虹を見られない理由は船のせいだけではないと思う。何よりも、普段の生活で雨後の空を一々見上げる習慣がないからだ。
私には、子供の頃から大好きな風景がある。それは雨後の夕刻の晴れ間である。 雨が、空気中のチリを落として、澄みきった大気に、柔らかな太陽光線が横から射す。すべての影は長く、夜は間近い。一瞬の晴朗。何処か高山の森林限界付近に似た雰囲気がある。
その中に日常で我が身を置くために、少々無理をしてオープンカーにしているのだ。よほど差し迫った用事がない限り、この十年、その一瞬を逃さず僅かな時間でも九十九里浜の波乗り道路をドライブしてきた。この条件下では、他の車はほとんど走っていないから、飛ばそうが、止まろうが自由だ。もっとも、路面がまだ濡れているから、前に車がいると飛沫を跳ね上げられるので、オープンにできない。だから、ひたすら追い抜くか、止まってやり過ごすしかないわけだ。
本当は、それだけでも気分は良いのだが、度々、東の空に虹がある。大粒のどしゃぶりの雨が去った後、現れる物が、もっとも美しい。
虹は見ようとすれば、見ることのできるものなのだ。

◇レインボウウォッチャー
虹を詳しく調べてゆくと、太陽の高度角に対して約四十二度とか、雨粒からの反射屈折した光が四十二度とか、何やら、ルアーのリップ角度に近い数字が、ポンポン出てくる。どうやら、その角度のリップを持ったルアーの尻尾を太陽に向けると、リップの延長上に虹が見えることになる。虹の探索計として使えるではないか。あのルアーにレインボーカラーがあるのは、偶然とはいえ楽しくなる。
とにかく、虹を見るなら、自分を中心として、太陽と反対側の空に、雨粒のカーテンがあればいいわけだ。だから、雨があがったら、陽の射しているのを確認して、朝方なら西の空を、夕方なら東の空を見上げればよい。
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2001年9月に岳洋社さんの「SW」に掲載されました。現在も、相変わらず不便なオープンカーに乗っています。もう小型の船みたいなもんです。ルアーの空力テストにも欠かせないので、必要なのです。

Posted by nino