シーバシング・ハイ…リクエスト【22】

Angling

掲載する前に、少しお話を…。
アンケート募集の際、モニターのTHさんから、昔、私の書いた一文「シーバシング・ハイ」をメールで送って、とリクエストがありました。
題名まで覚えていてくれたのは嬉しいものです。そこで捜すことに…。

初出は90年の旧アングリング誌。その後、やはりリクエストがあり、編集長の了解の上で、カタログにも使いました。THさんが見たのはこれですね。
初出も、エッセイ風のものはあるの?というリクエストだったので、今回三度目です。ありがたいことです。
自分で読み返すと…。これ、30歳ぐらいなのでチョット照れるけれど、K2Fに関わりスッタモンダしている今から見ると何故かジンと来るものがあります。
それまで釣り指南の類はたくさん書いていましたが、エッセイはこれしか残っていません。その前後何年も書いていない時期のものなので、私にとっても貴重な青春?の一文かも。
そこで、THさん、カタログのは少し変えた記憶があるので、オリジナルの一編を無修正(^^;)で、テキスト化してみました。おそらく最後のリクエストになるでしょう。ここに載せておきます。では…。
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◇シーバシング・ハイ◇

「ライダーズ・ハイ」という状態がある。オートバイ乗りなら誰でも一応の経験がある。スーペリアを駆ってコケたアラビアのロレンスも知っていた。一人で飛ばしているときにふいに襲う一種の昂揚感のことだ。
かくいう私も知っている。まだ二十歳の頃、首都高ではもの足りなくなり、四十万円を持って一月から四月の冬季に、青森と北海道を四千キロ走ってみた。
おかげで片耳は聞こえなくなり、歯はガタガタ、新車はパー、残ったものはヒビだらけのヘルメットと、あの夥しい昂揚感の記憶だけだった。
そういえばあの頃、長期療養で過ごした式根島で、ルアーでヒラマサやエソが釣れた。

「ランナーズ・ハイ」という状態がある。二年前、どうしても味わってみたくなり毎日十キロ走ってみた。マラソンが辛いばかりではないことを初めて知った。 「クライミング・ハイ」というのもある。岩登りは高校生のときからの趣味であり、素晴らしいが、面倒で危険だ。濃密なこのハイを知ってエスカレートすると、命まで保証の限りではない。これは北岳バットレスで墜落して四百メートルの空間を足下に宙づりになってみて、喜んで止めた。
そういえばあの頃の南アルプスのイワナはバカだった。思い出が次々と浮かぶ。
まだまだなんとかハイという状態はある。ただし、私がいうのは人生を狂わすほどの、その瞬間、雄叫びをあげるようなハイである。アインシュタインは、なんと頭の中だけでやってのけたが、凡人は身体を動かさなくては解らない。
思えば私の人生はこれの追求であった。

そして今「シーバシング・ハイ」である。平たく言えば、「昼間美背景低磯上逆風下波かぶり単独鱸ルアー雄叫び釣り」のことだ。私も様々な釣りを経験し、外国へも行ったが、これ以上のことは未だ知らない。
ハイの状態というのは、分析すると、一様に風などの自然の息吹、ホトバシリといったものが、身体を駆け抜けたり、愛撫してくれないと起こり得ない。これがポイントだ。
例えばライダーズ・ハイなら、風を切る感覚が引き金になる。鈍い人なら失恋でもして、感覚をナーバスにして走ったほうがよい。フルフェイスのヘルメットは、できればないほうがベターだ。その辺のことは、暴走族のアンチャンのほうがよく知っている。

スズキ釣りに関して言うならば、理想的には以下のシチュエーションが必要になる。
目が醒めて気合いを充実させるには、一時間はかかる。それぐらいの距離にある釣り場を選ぶ。必要なら回り道をする。車は小排気量のものがよく、それで全力で走る。
さて、釣り場に着き、ライト無用の夜明けを待つ。外は昨夜の予報通り南の逆風で、目指す磯上をときおり波が被う。ループノットで結んだK-TENのフックを爪に当ててチェックする。辺りには誰もいない。水温は十八度以下。これでないと南風の効果が薄い。
身体を預けるお気に入りの岩は房総全体で三十三カ所。波をバンバン被りながらも、安全で魚との間合いを最も詰められる、そういう岩だ。
顔に波しぶきと、冬とはいえ、生暖かい風がゴチャマゼになって当たる。大自然の直接の愛撫である。これで九分の条件が揃った。まだハイは来ない。まず一尾釣って期待を実証せねばならぬ。
東の空の雲間から陽が覗いて、サラシが輝いたとき、最後の条件の一尾目のスズキは来た。ヒューとラインが鳴る。が、これはバラシてもよい。とにかく間合いは詰めた。二尾目を狙うときからである。こうなると波しぶきも避けずにワザと濡れる。方角を指を舐めて知るように、濡れると風や気配といったものに敏感になる。
風を切ってカーボンロッドを振る度に、ラインが風に踊る度に、もうすぐだ「シーバシング・ハイ」がやって来るのは。まだ一部冷静な頭で辺りに人の居ないことを確認して、小さな第一声をあげる。 「オーッ」でも「ヒャッホウ」でもなんでもよい。さらに弾みがついたら、雄叫びを発しながらロッドを振り続ける。声は風にかき消されても、スズキは聞いている。ルアーの周りでモジリ、ハネル。恍惚の時が過ぎる、というわけだ。
思い出せば、バカバカしくもあるが、経験した友人は、ちょっと不適切だがこう言った。初めて女性を知ったときより興奮した、と。

相手にして丁度良い三~六キロの磯スズキによってしか得られない、この「ハイ」を求めて何年経過したことだろう。最近でこそ年に数回は確実に味わえるが、探索時代は無惨なものだった。その間に、前の車は潮を浴びて溶けてしまった。海岸に駐車していると、よく不法投棄車と間違われた。なにしろ窓ガラスは一度開けると、つまみ上げてガムテープで固定しない限り、開いたままだった。そうした敗退行の中から、データが積まれ、いつしかK-TENシステムが生まれ、ある程度満足な釣行が出来るようになった。
しかし、まだまだである。問題が多すぎる。しかし、先へ進まなくてはならない。時間が足りない。

おわり

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追記

現在、ハイに至る理想的な状況は、残念ながら得難くなりました。房総辺りでは何処へ行っても、独りになれず、声を上げるわけにもいきません。(^^;)
有名ポイントを避けて、確率を下げてでも狙えれば年に一度ぐらいは味わえるかも。それでも全国を見渡せばまだ場所ぐらいはありそうです。目星は付けてあります。アブナイので実行はお勧めできません。(^o^)
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モニターのYBさんから質問がありましたので、補足しておきます。
水温18度以下の意味ですが、低い水温が、暖かい風で攪拌されて、一時的に急激にサラシ内だけ水温が上昇するからです。(吹き始めに限る。)
風が吹き続くと、対流現象で暖かい風でも水温が下がるところがあります。

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同内容のご質問が続いたのでこちらにも書いておきます。

略・・・スズキの重量が3キロから6キロでしか、とあるんですが何で?と思いました。もっと大きいほうが興奮するのでは。略

お答えします。

それは経験上一番昂揚感に包まれた群れのサイズだったからです。ごく稀にはそれ以上のサイズの乱舞にも会ったことがありますが、大き過ぎると別の感情が沸いてしまいました。

バラシたくないとか、カメラ持ってこないととか、サイズ計っておきたいなとか、もしかして記録物かもとか、雑念をまとうようになります。海という自然に溶けて純粋に昂揚感を得ようというときには短い時合いを目いっぱい使うので、心の負担にならないぐらいのサイズが丁度良いのです。

Posted by nino