9キロに一匹の頃は…自選エッセイ集より【10】‐S
かつて、その容易さと数釣りの魅力で浮気していた内湾のスズキ釣りから、再び、外洋スズキ主体へと志向を改めた頃。 まだ、K-TENも無く、逆風下の釣果倍増の方法も知らず、情報も乏しく、連日のアブレの中、試行錯誤に明け暮れていた。
この年の手帳の十二月の終わりに“9キロに一匹”とある。書き記したときに、思わず天井を仰いだことを憶えている。 これは釣行日にルアーを投げていた時間で、おおよその投入回数を求めて、ワンキャスト三、四十メートル巻くので、それを掛けて、いったい、ルアーをどれだけ泳がせれば一匹釣れるのかを割り出したところ、一年を平均したら、9キロに一匹になったということである。
この年、外洋の午前中三百匹余り釣るのに、ルアーをリトリーブした距離は、二千七百キロメートル。どおりでリールがガタつくはずだ。
現在の私の車の月間走行距離と同じ、といえばたいしたことないが、東京からルアーをオーストラリアまで超大遠投して、ひたすらリトリーブしたら、その間に三百匹のスズキがヒットしたというと、唸りたくなる。
時速五・四キロで引いても五百時間かかる。今思えば効率の悪い釣りをしていたものだ。
もしも、実際にオーストラリアから直線でルアーを引けたなら、着水直後のグレートバリアリーフでトレバリーがヒットし始め、パプアニューギニアあたりまで釣れ続け、その後空しく数百キロ泳いだ後、マリアナ諸島通過で青物の猛攻に会い、小笠原辺りまでヒットが続いたりして、もっと多くの魚が釣れそうだ。 もっとも、投げる方向を間違えて、オホーツク海でもリトリーブしたら、かすりもせずに手元まで来るかもしれないが。 ところで、9キロに一匹というのも、途中二十メートルで前後フックに二匹なんて入れ食いもあり、数百キロに一匹という時期もある。
マイナス二メートルというのもあって、どういうことかというと、足下を波が越えるぐらいの岬状の小磯に立って、肩に竿を担いでいたら、垂らしていたルアーが背後で着水していて、スズキがヒットしてしまったのである。この時は、冷静な私でも、何事が起きたのか理解するのに間を要した。(写真の岬の先端で)
それぞれの一匹にはドラマがあったのである。
それが、平均化すると、一気にロマンも消え失せる数字が残る。ルアーがフラフラと東京湾を無事に横断してしまう様など想像したくない。
あの頃と違って、最近は情報と道具の助けもあって効率はアップしているようだが、はたしてドラマは増しているのだろうか。
要はやはり、何匹釣ったかではなく、思い出に残る日々をどれだけ得ることができたかだろう。
今の私には三百匹釣ることはできても、二千七百キロメートル、リトリーブする自信はない。
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1995年10月、(株)週間釣りニュースさんで発行された媒体に掲載されたものです。私が、一番リールを巻いていた時期(一番多くアブレた時期)の事を書いてます。メインギアとハンドルがすぐダメになりました。
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