餌釣り師とロッド…自選エッセイ集より【24】
ルアーマンも方々に出かければ、先々で多様なジャンルの餌師と肩を並べて釣りする機会が多くなる。私もたまに餌釣りをするし、ルアーをやらない釣り仲間もいるから、餌釣り師がルアーマンに対してもつ気持ちも解る。
ルアーが一般化して見慣れたせいか、常識を守っていれば、かつてのように互いに煙たがることも少なくなった。 ◇石鯛師
先日ヒラスズキ釣りに行ったら、石鯛師が先行しているらしく、小高い岩場にピトンで竿が固定してあった。餌らしきヤドカリの残骸があったが、人影がない。
竿が大きく曲がって海面に突き刺さっていたから、根掛かりしたまま何処かへ行ったのかな、と思う間もなく、別の理由で竿が曲がっていることに気付いた。魚が掛かっていたのである。
遠くでルアーマンがロッドを振っていたが、彼以外に人がいない。どうもこの無人でのされている竿の持ち主は彼らしいのだ。大声で呼んでみると、事の重大さに気付いて走ってきた。
彼が戻るまで、義理堅い魚は逃げることもなく、揚がってきたのは少しバテぎみだったが六十センチ超の立派な石鯛だった。竿が長いので、動かない魚でも抜き上げには相当の力がいる。ヒラ兼用の石鯛師は、苦笑いしながらお礼を言ってくれるのだが、今までアワセが早すぎたのかなーと呟いていたのが可笑しかった。
また、もう一人の石鯛師のことを思い出した。彼のスタイルは私と同じ、一見ルアーマンのようにウエットスーツで地磯を飛び回っていた。
干潮にならないと渡れないような、まだ濡れた海草に被われた低い岩に立ち、持ち竿でポイントを見据えて構えている。その立ち振る舞いからなかなかの強者と見えたが、挨拶がてら話を交わすと気さくなオヤジで、道糸に引っかけなければ周りにも投げてみたら、と言ってくれた。 私がそれまで遠慮しつつルアーを投げていたのを見ていたからだと思うが、ありがたく道糸の周りのサラシも探ることにした。すると、ヒラの反応は無かったが、餌を付け替えた彼のロッドが、錘の着底と同時に引き込まれた。
それからは石鯛師も初めてだと言うほど投入する度にアタリがある。少なくともルアーの着水による悪影響は無かった。むしろ石鯛は元々好奇心の旺盛な性質があるから、などという考えが浮かぶぐらい、その異常な活性は、足下を洗う潮が急に冷たく感じられるようになって、小さな鮫が連続して掛かるようになるまで続いたのである。
結果はアワセに乗らないこともあったため、幾分小さめの縦縞がはっきりした若い石鯛が三匹だったのだが、毎回、ロッドが満月になり、まるでルアー釣りのような石鯛釣りであった。
餌の投入直後にアタリが頻発したところを見ると、おもしろいかは別として石鯛はルアーで狙える魚になる。ただし小魚を模したルアーではなく、ヤドカリとかエビとかを模したものになるだろう。 ◇竿の長さ
磯で会う餌釣り師の竿は、たいてい我々ルアーマンのロッドより長い。根をかわす必要があってのことだが、釣趣を求めてそうなったとも言える。
私は十八尺の石鯛竿やグレ竿やチヌ竿でもスズキを釣ったことがあるが、同じ大きさの魚でも引き味はルアー専用ロッドのときとは別物だ。石鯛竿のほうは五キロのスズキを揚げるのも重労働になり、弱いグレ竿だと目の前でロッドが大きく弧を描き、魚のパワーが目に見えるので、取り込みには苦労するが面白かった。それに磯竿だと食い込みは良くバレ難い。 近年、ルアーロッドの長さは全般に短くなっているようだが、この辺で一考の余地があるように思う。ほとんど切れないラインと正確なドラグ機能のおかげで、短い方が楽なのは、スズキに限らずGTやマグロで体験済みだが、釣趣という点では疑問も残る。
かつて山登りをしていたときに、糸と釣り針だけ持参して、竿はそこらに落ちている枯れ木を代用していた者だから、余計に竿の大切さを思うのだ。釣り人が入らない、行くだけで二日かかるような奥地のイワナは、タバコの灰にもライズするので、身体さえ隠せば釣れるのだ。食料確保の目的だから、それで充分だった。しかし、今の私は漁師ではない。釣りにはそれ以上の楽しみを求めている。 もしも石鯛竿が短かったら、船から釣るような魚体重量に見合った普通の魚の引きに近づく。あの豪快に弧を描く竿が見られなくなる。
アユ竿が十メートル前後もあるのは、リールを付けなくても竿のしなりと限られた長さの細糸で、すべてを完結するためだ。だから三十センチに満たない魚でも、ときにGT並みとも感ずるパワーを味わえるわけだ。リール付きの短いアユ竿で切れそうもないラインを使うのなら釣趣は半減するだろう。
もちろん個人によって好みがあるだろうが、それぞれの釣りには、一番効率よく獲るための竿の長さがあり、また別に一番楽しめる長さというものがある。楽しむのなら、多くの場合で少し長めで柔らかいものになる。魚のパワーはこちらから倍加できるのだ。餌釣りは、さすがに歴史があり、そのあたりには深いものがある。
◇穴釣り
以前、房総に竹かごを背負い、とても市販はしていないような、凄まじく長い竿を使うグループがいた。彼らは釣趣などお構いなしに、獲る目的だけで竿の長さを利用していた。
相手はカサゴである。基本は穴釣りだから、短い竿でも可能なのだが、根の険しい磯だと横引きはできない。真上から餌を落とせる場所に限られる。超長竿なら相当広い範囲に餌を落とし込める。
ところがこのグループは数年で消えた。たぶん、根こそぎ釣り尽くしてしまったのだろう。彼らの道具は活躍の場を失ったのだ。
私の経験だが、カサゴの好きな穴は、釣っても翌日すぐに別のカサゴが入る。そして次の日も同じだ。我々はヒラ釣りのついでにジグで毎日一匹だけ持ち帰れる無限の穴場を見つけた、と喜んだことがある。ワームは色々な理由で使わなかったが、それでもきっかり十四日目にアナハゼが釣れた後、沈黙してしまった。回復には十年を要したはずだ。
以来、反省してカサゴに限らず、どんなに釣れる時でも自分なりに適量を定めて釣りをしてきた。無限なものは我々の工夫だけである。
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2003年の9月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。最後の写真は最近よく使うロッドです。CPSはヒラスズキ、他の二本は、友人のビルダーに作ってもらったものです。フラッドヘッダーと書いてある方はマゴチ、フッコ用で11フィートありますがペナペナ。50センチの魚で満月になります。場所を選ぶけど楽しいです。
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