武蔵の一件…自選エッセイ集より【2】   

SW,岳洋社

 重心移動のアイデアを、どうやって思い付いたのか?という質問は、今でも度々ある。発表当時に詳しく答えたつもりだったので、その後は簡単に「宮本武蔵」を見てヒラメイタ云々で、済ませてきた。そこで、ルアーマンの世代も移ってきたようなので、この事について少し立ち入った話をしようと思う。
あの頃の私は、昼間の外洋の釣りが好きだった(今もだが)。いつも風の強い荒れ気味の日を選んで釣行していた。
場数を踏んでゆくと、その中でも、どうゆう日並みが釣れるのかが自然と解ってくる。生暖かい風が吹いている時、つまり、通っていたポイントでは逆風となり、ルアーが満足に飛ばないような日に、良くスズキに出会えたのである。
そんな日には、決まって強風の中を自転車でヨロメキながらやって来る老人がいた。自作のタマゴウキにバケといった仕掛けを1㎏もある投げ竿で強引に振り飛ばすのだった。まだ、外洋で使えるルアーはほとんど外国製だった時代だ。
私のようにルアー単体では、下手をすると後方に舞い戻ってしまうぐらいの風の中で、老人のバケにスズキが食い付いた。せめて、ルアーが前方にあと5m飛んでくれたら、私にもヒットが望めたのだ。
それを見れば、当然、フックに錘を巻き付けたり、抵抗になるリップを取り去って、後方重心にした自作のミノーを作ったりして工夫したくなる。しかし、老人がやって来るような日には、満足のいく結果は出せなかったのである。
そんな日々が長らく続いたように思う。

ある日、TVで、武蔵と小次郎の巌流島の決闘シーンを見ていた。周知のように、勝つためには何でもありの武蔵は、小次郎を焦らして勝機を掴もうと、故意に遅れて、船上で櫓を削り木刀にしている。
実は、このシーンを素直に見ていたわけではないのだ。あの「堕落論」で有名な坂口安吾という人の書いたものの中に、「青春論」というのがあり、その中に登場する武蔵像を重ねて見ていたので、ヒーローとしてより、そのユニークで幾分卑怯とも解釈できる勝ち方のほうに興味が向いていたのである。
史実はさておき、小次郎は三尺余寸の大剣を、飛んでいる燕を切るほどの素早さで振ることができるという。そんな剣の達人に対して、TVに見るような長いバットのような形をした木刀では、とても勝てそうには思えない。どうしても、納得できない部分があるのだ。
あのように重そうな木刀を一振りする間に、比類無きスピードを誇る小次郎なら、三回切り返せるだろう。ドラマの演出上では、武蔵が大ジャンプして、小次郎の太刀筋を避けることになっているが、あの想定では、そうでもしない限り、勝つというリアリティが得られそうもないからだ。
しかし、砂浜で大ジャンプなどできないことは、我々、サーフで釣りをやったことのあるものや、ビーチバレーを見たことのある人なら解るだろう。

本当に武蔵が勝ったのなら、別の理由があったはずだ。わざわざ剣を捨て、櫓を削ったということは、そこに何かしらの利点があったのだと思う。
そこでヒントとなったのは、また安吾だ。記憶では、小次郎は廃人にはなったが、死ななかった、とあった。(注!これは私の記憶違いであり、本では、小次郎は武蔵の二太刀目で死んだとある。廃人になったのは、初期の決闘相手の吉岡清十郎であった。)
TVで見るような木刀で一撃されたら死んでしまう。それが即死しなかったということは、衝撃が軽かったからだ。(注!このように、私は勘違いのまま思考を進めている。)つまり、武蔵は櫓を軽さと長さにおいて、採用したのだ。むしろ、バットを逆に持つような形の木刀を作ったはずだ。これなら、小次郎のスピードに勝るかもしれない。それゆえ打撃が軽く小次郎は即死しなかったのだ。

そうだ、持ち替えればいい。ルアーなら前後逆でいいのだ。固定という考えに拘ることはない…。これが、重心移動システムの直接のヒントとなったのである。あっという間にルアー本体の中を転がる錘がイメージされた。その他にもバットの中に入れたら、誰でもホームランバッターになれるな、いや腰がねじ切れるからダメだとかの想像が楽しかった。
早速、手持ちのルアーに腹から穴を開け、丸い鉛を仕込んで、釣行を繰り返した。釣果は期待以上のものがあった。今思えば、私の釣り人としての絶頂期だったようだ。最新最強のルアーを、ただ一人持っていたわけだから。

磁石を思い付いたのは、これも偶然である。より動きを安定するための仮固定の方法は、すぐ考えたのだが、いずれも加工が面倒であった。もっと簡単で、確実に作動する方法を探していた。数ヶ月たった頃、たまたま、丸錘が無くなって、パチンコ玉を入れたルアーを作っているときに気付いたのだ。

以上のように、一連の発想のきっかけには、記憶違いの知識が役立っている。できれば、夜明けの雷鳴と共に、ヒラメイタなどと言ってみたいものだが、そんなにカッコのよいものではない。あの勘違いが無ければ、私は考え付かなかったかもしれないのだ。
重心移動システムが成立するためには……。読もうとした「堕落論」が、わずか十一ページしかないことに驚き、ついでに読んだ五十ページの「青春論」の中の武蔵の一件を、間違った形で憶えておいた後、絶妙のタイミングで荒唐無稽のTVドラマを見る必要があり、なおかつ現実では、ヨロヨロチャリンコジイサンには敗北し続けていなければならず、そして、材料の不足から、傍らのパチンコ玉を拾うまで、プラグを作り続けなければならなかったのである。
誤解と敗北と不足から生まれる宝もあるということだ。

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2002年3月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。

Posted by nino