スランプ脱出法…自選エッセイ集より【3】(ご質問に答えて)

  担当編集者のS氏が、近頃スランプに陥り、魚が釣れないから、その脱出法を教えてという。聞けば、アオリイカ、アイナメ、根魚と、手堅い釣りもやっている。それなりに工夫もしているようだが、それでも釣れない。まさしくスランプ。 こういうときには、あなたには釣りに最も大切な要素、すなわち運が欠けている、などと冷たく言い放つ訳にもいかないだろう。そこで、真面目に考えてみることにした。
 
 本来、釣り雑誌の編集者というのは、内外の釣り名人達の記事に囲まれて、テクニックやポイントに精通しているはずなので、誰よりもウマイ釣り人になっていてもいいはずなのだが``。実際はそうでもない。
 ということは、テクニックとか、釣れたルアーとか、ポイントというものの他にもっと大事なことがあるということだ。
 ルアーフィッシングは、魚との間合いを、どう効率よく詰めていくかで、結果は大きく左右される。
 魚の口にルアーが届く間合いまで、人によっては何百㎞も離れた自宅から、情報を頼りに天候や潮を読み、当日ベストであろう所に向かって車を走らせる。
 実はここまでで、釣果は既に決まっていることが多い。限られた休日と時間では、小移動できても限度がある。アブレたくなかったら、ロッドどころかハンドルを握る前に今以上に考えるのだ。
 まず、魚との待ち合わせ場所と時間を特定する必要がある。
 そんなの解るなら苦労はないっていう声が聞こえてきそうだが、解らなくてもいいのだ。自分で考えたことで間違えたら、すぐに気付くから次回、修正すればいいだけのこと。これが全部情報や人任せだと、どこで間違ったかも気付かず、いつまでも飛躍はない。
 情報は受信しているだけのほうが得した気分になれるが、釣っているのは常に発信している側である。
 
 十数年前、ある専門誌にヒラスズキについて、どの季節のどうゆう日にどんな潮時でどんなところへ行けば釣れるか、具体的に書いたことがある。どうしても釣れない人のために、詳しく条件を指定した。
 反響は大きく、漸く釣ることができたという感謝の言葉と、そんな都合の良い日にばかり休みは取れないとかの非難が半々だった。サービス心から書いたことなので、少なからず批判があったことに驚いた。
 余計なことを書きすぎたと反省して、その後の数年を、たまの休日に誰でも日を選ばずに釣れる魚の研究に費やした。
 それが、ヒラメ、マゴチであった。月二十日以上のペースで釣行し、釣れた日時をタイドグラフに付けて、そのまま発表した。
 比較的コンスタントに釣れたが、数シーズンぐらいだと、当然バラツキがある。同行した人によっては、実力に関わらず釣れた人と釣れない人に二分され、特定の曜日休みの人が良く釣るといった現象が起きた。別の曜日の休みの人はスランプなわけだ。
 これは、日本の気候の流れが週単位で移行し易く、仕方のないことだ。雨の週末やベタナギの曜日が数週続くことは、頻繁にある。これをスランプなどと気にすることはない。通い続けていれば、良い日も数週続くということだから。
 
 ここまでは、自然相手の遊びの宿命で、魚そのものに会えないスランプについて書いてきた。いわばナグサメのようなものだ。では、他人や同行者にはヒットがあるのに、自分はカスリもしない、またはヒットしても、バラシてしまうようなスランプはどうだろう。
 そんなときは、釣れている人のマネをしても、どうもうまくいかない。私を含めて、陥りやすい勘違いがあるのだ。
 それは、直接、目に見えるものに、気を奪われがちだということである。
 自分が釣れないと、つい釣れている人のルアーやリールの巻き方、ジギングで言えばリズムなどが気になってくる。マネれば、そこそこの効果はあるが、かえって、おかしくなることもある。
 目で見えることは、たいてい数十m以上、魚から離れている。例えば、同じ速度でリールを巻いているつもりでも、ギヤ比やスプール径が異なれば、魚の目前では同じではない。
 ジグなら、同じストロークであおってもロッドの調子やラインの種類で大きく変わる。
 つまり、魚の目前の、ほんの数メートル間で、ルアーが、どうあればよいかが重要なのである。「距離的に最も離れた自宅を出る前と、魚の口の直前の両端二点に集中すればよいのだ。」
 最も大事な部分は、目には見えない。だから想像力に頼ることになる。
 ただし、数十メートル先の、しかも水中のルアーの動きを正確に把握することは、なかなか難しい。今、釣れた人のルアーがヒットの直前でどうなっていたかは、本人でも意識的な釣りをしていないと再現できないものだ。
 ざっと見ても、太陽との角度、波、潮流、ライン、リーリング等、変幻自在の要素が多すぎる。
 まずいことに、ロッドをこう動かせば、ルアーはこう動くという、一見便利そうな知識をため込むと、ロッド、リール、ラインを変えただけで、スランプになるおそれがある。
 それよりも、使っているルアーを、こう動かしたい、それには、どうしたら良いか考えるほうを優先させるのだ。そうすれば、道具を換えてもスランプにはならないし、釣れなかった理由も解ってくる。
 それでも釣れないのなら、スランプになった原因を利用する手もある。例えばPEでアブレたりバラシが多くなったら、ナイロンや軟調ロッドに換え、巻き速度の異なるリールを使ってみる。逆もまた有りだ。そのうち理由も解って、あらゆる道具を使いこなせるようになるだろう。
 
 先日のニュージーランド遠征での出来事として、一日でやっと掴んだ3回のヒラマサのヒットを全部バラシてしまい、思わず空を仰いだことがあった。しかし、翌日は15本全部をランディングできた。私にしても、この程度の振幅はあるのだ。
 また、今まで、ジグでは結構釣っているが、その時は久しぶりにまともなサイズのヒラマサをミノーやポッパーで釣った。プラグで釣ろうとトライしてから、何年もたっていたが、この期間をスランプとは思っていない。
 
 今回のスランプについて書いたことは、少々解りづらかったかもしれない。もっと具体的に、誰よりも早く投げるとか、早く着底させろとか書けば、効果があるのは承知しているが、センスに欠けると思ったからだ。
 この遊びは対人間ではなく、あくまで対自然であって欲しい。
 スランプも長く続かなければ、そう悪いものではない。なぜなら、私の経験の半分はスランプ中に身に付けたものだから。
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 1999年7月に岳洋社さんの「SW」誌に掲載されたものです。10年近く前に書いたとはいえ、内容は普遍的です。ご質問に、ネット風に軽く答えられそうになかったので、該当するもの(時間をかけて書いたもの)を捜して、ここに載せました。参考になれば良いのですが。

武蔵の一件…自選エッセイ集より【2】   

 重心移動のアイデアを、どうやって思い付いたのか?という質問は、今でも度々ある。発表当時に詳しく答えたつもりだったので、その後は簡単に「宮本武蔵」を見てヒラメイタ云々で、済ませてきた。そこで、ルアーマンの世代も移ってきたようなので、この事について少し立ち入った話をしようと思う。
 あの頃の私は、昼間の外洋の釣りが好きだった(今もだが)。いつも風の強い荒れ気味の日を選んで釣行していた。
 場数を踏んでゆくと、その中でも、どうゆう日並みが釣れるのかが自然と解ってくる。生暖かい風が吹いている時、つまり、通っていたポイントでは逆風となり、ルアーが満足に飛ばないような日に、良くスズキに出会えたのである。
 そんな日には、決まって強風の中を自転車でヨロメキながらやって来る老人がいた。自作のタマゴウキにバケといった仕掛けを1㎏もある投げ竿で強引に振り飛ばすのだった。まだ、外洋で使えるルアーはほとんど外国製だった時代だ。
 私のようにルアー単体では、下手をすると後方に舞い戻ってしまうぐらいの風の中で、老人のバケにスズキが食い付いた。せめて、ルアーが前方にあと5m飛んでくれたら、私にもヒットが望めたのだ。
 それを見れば、当然、フックに錘を巻き付けたり、抵抗になるリップを取り去って、後方重心にした自作のミノーを作ったりして工夫したくなる。しかし、老人がやって来るような日には、満足のいく結果は出せなかったのである。
 そんな日々が長らく続いたように思う。
 
 ある日、TVで、武蔵と小次郎の巌流島の決闘シーンを見ていた。周知のように、勝つためには何でもありの武蔵は、小次郎を焦らして勝機を掴もうと、故意に遅れて、船上で櫓を削り木刀にしている。
 実は、このシーンを素直に見ていたわけではないのだ。あの「堕落論」で有名な坂口安吾という人の書いたものの中に、「青春論」というのがあり、その中に登場する武蔵像を重ねて見ていたので、ヒーローとしてより、そのユニークで幾分卑怯とも解釈できる勝ち方のほうに興味が向いていたのである。
 史実はさておき、小次郎は三尺余寸の大剣を、飛んでいる燕を切るほどの素早さで振ることができるという。そんな剣の達人に対して、TVに見るような長いバットのような形をした木刀では、とても勝てそうには思えない。どうしても、納得できない部分があるのだ。
 あのように重そうな木刀を一振りする間に、比類無きスピードを誇る小次郎なら、三回切り返せるだろう。ドラマの演出上では、武蔵が大ジャンプして、小次郎の太刀筋を避けることになっているが、あの想定では、そうでもしない限り、勝つというリアリティが得られそうもないからだ。
 しかし、砂浜で大ジャンプなどできないことは、我々、サーフで釣りをやったことのあるものや、ビーチバレーを見たことのある人なら解るだろう。
 
 本当に武蔵が勝ったのなら、別の理由があったはずだ。わざわざ剣を捨て、櫓を削ったということは、そこに何かしらの利点があったのだと思う。  
 そこでヒントとなったのは、また安吾だ。記憶では、小次郎は廃人にはなったが、死ななかった、とあった。(注!これは私の記憶違いであり、本では、小次郎は武蔵の二太刀目で死んだとある。廃人になったのは、初期の決闘相手の吉岡清十郎であった。)
 TVで見るような木刀で一撃されたら死んでしまう。それが即死しなかったということは、衝撃が軽かったからだ。(注!このように、私は勘違いのまま思考を進めている。)つまり、武蔵は櫓を軽さと長さにおいて、採用したのだ。むしろ、バットを逆に持つような形の木刀を作ったはずだ。これなら、小次郎のスピードに勝るかもしれない。それゆえ打撃が軽く小次郎は即死しなかったのだ。
 
 そうだ、持ち替えればいい。ルアーなら前後逆でいいのだ。固定という考えに拘ることはない…。これが、重心移動システムの直接のヒントとなったのである。あっという間にルアー本体の中を転がる錘がイメージされた。その他にもバットの中に入れたら、誰でもホームランバッターになれるな、いや腰がねじ切れるからダメだとかの想像が楽しかった。
 早速、手持ちのルアーに腹から穴を開け、丸い鉛を仕込んで、釣行を繰り返した。釣果は期待以上のものがあった。今思えば、私の釣り人としての絶頂期だったようだ。最新最強のルアーを、ただ一人持っていたわけだから。
 
 磁石を思い付いたのは、これも偶然である。より動きを安定するための仮固定の方法は、すぐ考えたのだが、いずれも加工が面倒であった。もっと簡単で、確実に作動する方法を探していた。数ヶ月たった頃、たまたま、丸錘が無くなって、パチンコ玉を入れたルアーを作っているときに気付いたのだ。
 
 以上のように、一連の発想のきっかけには、記憶違いの知識が役立っている。できれば、夜明けの雷鳴と共に、ヒラメイタなどと言ってみたいものだが、そんなにカッコのよいものではない。あの勘違いが無ければ、私は考え付かなかったかもしれないのだ。
 重心移動システムが成立するためには……。読もうとした「堕落論」が、わずか十一ページしかないことに驚き、ついでに読んだ五十ページの「青春論」の中の武蔵の一件を、間違った形で憶えておいた後、絶妙のタイミングで荒唐無稽のTVドラマを見る必要があり、なおかつ現実では、ヨロヨロチャリンコジイサンには敗北し続けていなければならず、そして、材料の不足から、傍らのパチンコ玉を拾うまで、プラグを作り続けなければならなかったのである。
 誤解と敗北と不足から生まれる宝もあるということだ。 
 
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 2002年3月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。

ノスタルジィ…自選エッセイ集より【1】

  酔い方にも酒の種類によって、違いがある。賑やかな席では気付きづらいが、こうして一人で酒を飲んでいると、それがよく解る。
 ビールは、気を荒れさせる所があって、静かな夜には似合わない。日本酒は、味は好きだが、どうもグチっぽくなる。ワインは、つい皮肉のひとつでも言いたくなるから不思議だ。
 もちろん、これは私の場合である。何かアルコール以外の成分が作用しているようだ。酒の本質は、その不純物の中にこそ秘められている。
 そこでウイスキーだが、この添加剤の入ったエンジンオイルのような色の液体は、思考をひたすら過去へ遡らせる。かといって、センチメンタルにならないのは、あたかもゴムを伸ばすような強引さを伴うので、やがて素早い揺り戻しが待っているからだ。〔フライでカスミ〕
 この時までに心の何処かに滑走路を作っておくと、うまい具合にそのままゴムに弾かれて、飛ぶことができる。  
    ◇小学生
 私は新宿で生まれて、小学生、中学生時代は渋谷の代官山というところで育った。今でこそちょっとオシャレな街として知られているようだが、当時は、店といえば駅の側にケーキ屋さんがひとつあるだけだった。いつも甘い匂いが充満している、古ぼけた駅という記憶がある。
 他には、すでに築何十年という異国風のアパートが何十棟とあり、同級生の多くが暮らしていた。都会には珍しく緑と坂のある街並みは、子供には退屈で、遊びはもっぱら釣りに行くか、渋谷のデパートの中。小学生の特権で、騒いでも怒られることはなかった。
 ある日、三水という釣り具屋に入ると、見慣れないものがあった。金属片に羽付の針が付いた飾りや、プラモデルの魚の腹に針のぶら下がったものがあった。初めてルアーを見た。お年玉の残りで橙色に黒い点々の付いたスピナーと、アブキラーかレーベルのどちらかだと思うが、プラグを買った。
 しかし、使い方を知るわけもないので、ルアーで魚を釣ることができたのは、ずっと後のことだ。まだしばらく餌釣りが続く。
 この頃、小学生だけで東京湾奥の有明や夢の島近辺にハゼ釣りによくいった。まだ埋め立て工事中のところが多く、殺風景で遠くにビル群が霞んで見えた。子供心にはこの世の終わりのようだとさえ感じていた。
 夕刻になると、煙突の先に今よりもっと大きな真っ赤な太陽が沈む。振り返ると赤い夕日を浴びたボラがキオツケしながらポーンと飛んでいた。キタナクてクサイところだったが、東京で一番広いところとして、けっこう気に入っていたのである。  〔それと、ハゼ〕
 三十数年後、恒例のFショーに有明のビックサイトが開催地となって、近辺をうろついてみたのだが、いったい、あの時釣りをしたところは何処だったのか、さっぱり判らなかった。 それまでは百年後の未来を、できれば覗いてみたいと思っていたが、こんな気分を味わうのなら、もしもチャンスを貰っても断るだろう。
    ◇GTR
 中学生になると、もう少し方々に足を延ばすようになった。小遣いが知れているので、主に津久井湖や三浦半島止まり。たまに、釣友の兄貴が愛車で城ヶ島まで連れていってくれた。             すでに、ダンプとタクシー相手に二度正面衝突事故に会いガラスを突き破っていたので、本当は他人の車に乗るのは大嫌いなのだが、この時は別。何故なら、その車は初代GTRだったからだ。我が家の車ではありえない加速力で、第三京浜道路を飛ばすと、あっという間に海に着いた。エンジン音がいつまでも耳奥に残っていたものだ。
 今思えば、釣り竿片手に十九歳と十四歳が二人の三人組。オソロシ。
    ◇オトナと子供
 中学三年の夏には、遠くにいけばもっと大物が釣れるのではないかと、M君と共に東北方面にいった。家を出るときのザックの重さははっきり憶えている。二十四キロプラス竿ケース四キロ。最初は母親に手伝ってもらわないと立つのにも苦労したが、なんとか金華山を目指す。 釣り雑誌に大型スズキが釣れると書いてあったからだ。私は自分で思っている以上に単純なのかもしれぬ。
 釣りのほうはたいしたものも釣れなかったが、旅としては刺激に満ちていた。M君と小さな困難を解決していくのが、誇らしくもあった。
 金華山の展望台で、二人で相談して、もう少し遠くに行ってみようかということになった。海はもう十分だ、次は山へ行こうとどちらともなく言い出した。行きの車窓から見えたあの山なら行けるかも知れない。
 仙台から福島へ。そして、スイッチバックで登っていく電車に乗り、峠という駅員のいない駅で降りた。それから、果てしなく続く林道と山道を、海用の竿を杖がわりに登る。
 そのうち、M君とケンカになった。理由は互いの荷物が自分のほうが重いと言って譲らなかったからだ。交換してみると、重量は軽くても、肩ひもが痛かったりして、どっちもどっちだった。一日中歩いても何処にも着かないので、焦っていたせいもある。
 夕刻迫る頃、一人の登山者が、我々に追いついてきた。コンチハと陽に焼けた笑顔で言って、そのまま追い越していった。その人のキスリングザックは、どう見ても我々のものより大きく重そうなのに、足取りは確かで軽やかでさえあった。後を追ってみたが離されるばかり、じきに見えなくなった。私もM君も無口になった。
 たったこれだけの事で、時間にして数分見えていただけの人なのに、今でも鮮やかに思い出す。その人に初めて本当のオトナの男を感じてしまったのだ。我々が、彼に遠く及ばない子供であるという自覚にうろたえ、また、自分たちの些細なケンカを恥じた。
 いったん帰ろう、とM君にいうと素直に頷いた。
 帰りに寄った、姥湯という秘湯の露天風呂から仰いだ満天の星空が忘れられない。都会や海で見るより、何倍もの星が目前にあった。
 M君と、
 『山もいいな』 『そうだな、いつかまた来たいな。』                                                                                            『星って、何であんなに綺麗なんだろう。考えてみれば、黒い布に穴を点々と開けただけともいえるのに。』
 『綺麗に見えるのは、たぶん星そのものじゃないよ。あれが、遙か遠くにあることや、今見ている光が実は何十年も前のものだということを、なんとなく知っているからじゃないか…。』
    ◇現在
 明日から、二週間程ニュージーランドの沖合に行って来る。中学生の時と、気持ちの上で何か変わったことはあるのだろうか。あの憧れた山男の背中に見えたものを、今の私は持っているのだろうか…
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 以上は、2000年7月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。リクエストに応えて、載せることにしました。今宵の酒の、お供にでもなれば…。

募集…あなたの思い出の一匹-3

 ハンドル名、ラテオさんから、メールをいただきました。
いただいた写真の色からも、情報のあまり多くなかった当時のことが思い出されます。
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M2ヒラスズキゲームをはじめて、これまで幾多の感動と喜びがありましたが、いまだに心に残る1匹は、1980年代後半の初夏 ラパラやボーマー、レッドフィンしか無かった頃。K-TENウッド135が発売され、南強風のなか届かなかったポイントにルアーが届くようになり、はじめてキャッチした57cmのヒラスズキです。
それまでスズキは数多く獲っていましたが、ヒラは2年間1匹も釣れませんでした。その朝、南房総の某ポイントに立ち、絶好のサラシにK-TEN135を打ち込みました。が?いつものように反応は無く「今日もボウズかな!」 とあきらめかけたAM7:30頃 いきなりひったくられる様な強烈なアタリ!当時のタックルは13ftの某スズキロッド ベロンベロン調子(笑)にナイロン16lb、油断していたが何とかアワセました。M1竿は満月のように曲がり激しく下に突っ込み、次の瞬間 全身が空中に飛び出してのエラ洗い、プラチナシルバーの魚体、心臓の鼓動200rpm、何度かこのスリリングなやり取りを繰り返しやっとランディング、磯タモ60cm枠は波に押されて思うように操作できず、(今思えば何故磯タモ(笑)) 3回目のタモ入れで何とか魚をすくい、キャッチしました。                                                                                                   その人生初ヒラを見ようとした所、膝がガクガクと震え、磯をうまく歩けませんでした。しばらくの間生きたヒラスズキに見とれていましたが、その間も膝は震えが止まらず、マルとは明らかに違うシルバーの魚体、その体高、尾の付け根の太さ、そのファイト、釣り場のロケーション 何分見ていただろうか? はっ!と我に返り写真を撮り、早く投げなくては、まだ釣れるかもと思いキャストを続けましたがその後アタリは無く、(二年釣れなかったのに釣れるか!(爆笑)) ポイントを後にしました。この1匹で私は、ヒラスズキに魅せられて今に至ります。
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ラテオさん、ありがとうございます。記録魚も獲っている方なのに、思い出の一匹は、やはりあの一匹でしたか。わかります。

募集…あなたの思い出の一匹-2

ハンドルネームHTさんから、いただきました。
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 1988年、11月27日。南房総の地磯、前夜から続く南西強風の為、波立つ海はスズキ狙いにピッタリ。
 狙いをつけていた大岩には誰もいない。急いで岩の上に立ち、波しぶきにびしょ濡れになりながらすこし沖のサラシに向けてK-TENをキャスト。リトリーブ開始、即ヒット!しかしすぐにバラした。
 瞬間身体中のアドレナリンが沸騰する。波の具合を見て第2投、待っていたかのようにまたヒット!
 朝焼けのサラシに魚が跳ねる。後は無我夢中で岩の上にギャフで魚を取り込んだ。 苦労してやっと釣ったスズキは64センチと今思えば小さなスズキだったが、まだル アーフィッシングヨチヨチ歩きの私にとっては生涯忘れられない一匹になってくれた。
 この時のK-TENには、あわてて魚に打ちそこなった時につけたギャフの傷がしっかりと残っているが今ではこれも私の大事な思い出の一個?となっている。htさん      
                           FROM   H.T
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ルアーに入った一つ一つの傷に、物語が生まれるんですよね。
制作者冥利に尽きるお話です。ありがとうございました。

募集…あなたの思い出の一匹-1

募集をはじめて早々に、
ハンドルネーム 「芋焼酎」さんからいただきました。
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【初めてのランカークラス】
まだ私がシーバスを初めて堤防や漁港を中心に釣り歩いていた頃、周りのエキスパートたちの話を聞いていると『○○の磯でランカークラスを取った』とか『80UP3本目』なんて話をよく聞かされていました。
「自分も80UP取ってみたいな」なんて思い始めて、条件も解らないままに取り合えず同じ場所に釣行を繰り返し、投げては巻いて 投げては巻いての繰り返し、ルアーを変えてもカラーを変えても何も起こらないまま18回の釣行を繰り返していました。
ロストしたルアーの数は数え切れず。
そして、19回目の釣行での事でした、いつものように投げては巻いての繰り返し、隣の島へ移動して同じ事の繰り返し、さらに奥の島へ移動しても当たりすら無く、帰り道に最初に攻めた島に乗り投げること数投、突然の出来事でヒットの瞬間の事など覚えていませんが、ロッドはバットから曲がりただ夢中でリールを巻いていました。
足元まで魚を寄せてきて浮いた魚をみてビックリ!今まで見てきたフッコとは違いまさにランカー。
ランディングの事など考えてもいなかったので、もうパニック状態でした。
案の定、魚はフックから外れてしまい、1段下の段差の上でバタバタしていました。
次の波が来たら魚は確実に海に帰ってしまいます。
興奮状態の私はロッドを置いて1段下まで飛び降りました。
どうにか魚を抱きかかえ波の来る前に磯に上がる事ができました。
”抱きかかえランディング”に成功した魚の大きさにビビリながらしっかりストリンガーに繋いで、勝利の一服と行きたい所でしたがヒザはガクガク、緊張でか胃は痛くなるはで大変でした。
車から磯場まで歩くこと30分(往復1時間)を19回繰り返して初めて釣り上げたランカークラス、キャッチした時は泣きそうになりました。imosyoutyuu
計測すると、86.2cm/4.84kgで私にとっては十分なランカーでした。
その時、リーダーの先にぶら下がっていたルアーがBKF115RHでした。
1995年6月8日 AM5:30の出来事でした。
(当時の釣行記録より)
現在そのルアーは私の宝物として部屋に大事に保管されています・・・
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芋焼酎さん、ありがとうございます。ひざがガクガク…遠い昔、私にも覚えがあります。ハードルアーって飾って置けるから、いいですよネ。

K2F142テスト 春一番

せっかくの土曜日。春一番を食らってしまったルアーマンには、申し訳ありませんが、待っていた二十メートル以上の強風下のテストが、やっと出来ました。南房総の先端付近では、隠れテスターのM氏にお願いしてありました。連絡がきて、使える、比較テストもクリヤーとの心強い報告を受けました。ありがとう。
 私は、問題解決のため自宅近くの海で試してみました。さすがに、この強風では風の息を測ってスーパーライナーで投げないと、ニュータイプの重心移動システムでもキツイ(^^;)。砂漠の嵐のような風の中でルアーなんか投げていると、誰も見ていないからいいようなものの、アホにしか見えないはず。, 荒れた海面に、いち早くルアーが噛むかチェックして、ロッドを換える。最近流行りの硬調ロッドだと飛行姿勢の安定にコツがいるようです。今後の課題です。元々、空気抵抗を受けやすいバナナ型であっても、設計前にオープンカーを利用した空力テストで導き出したシェイプは、この強風下でも突進をやめない。(横からの突風はフローティングの限界か)一安心しました。
 セルテートの水抜き穴から砂が入り込みそうで、課題クリアーを確認して早々と引き上げました。帰宅すると、地植えした三年物のゴールドクレストが根元から折れて倒れていました。(-_-;)
 
K2F142は、各地のテスターさんに送る前に、まだ確認することがあります。テスターさん、待っててネ。二宮 

ルアーのカラー

 ルアーのカラーなんて、本当は何でもいいのでは?
という主旨の質問をいただきました。ルアーメーカーとしてはイタイところを突かれた質問かも(^^;)。でも、せっかくラボでお答えするからには、一釣り人として私の経験をお話します。
 複雑な話になりそうなので、結論からいうと、普通に塗られたルアーは本人がその気になって使う場合、ルアーの他の要素(動き、泳層等)に比べれば、その差は少ないということになります。
 私も昔、疑問に思って、徹底して検証したことがあります。魚類の目についての文献も漁りました。量産型ブルーオーシャンが完成し、全く同じ物が揃い、色だけを変える実験ができるまでは考えが整理できませんでした。何故なら、ハンドメイドや様々なタイプのルアーを使ったり、他人が関われば、本当に色だけの違いで変化したのか確信が持てなかったからです
それと、ローリングとウォブリングでは背腹の見え方が違いすぎる。
 そこで、トローリングで、別色、別ベースカラー、光り物、吸収するもの、釣れそうに無い石鯛配色など、考え得る限りのものを均等に引いてみたのです。(鰹、スズキ)
 違いはありました。その日その時だと、4つの位置換えをしても食い付きの良いカラーはあったのです。問題は、船がターンして太陽との位置関係が変わるだけで、リセットされてしまうことでした。また、海には千変万化の状況変化が付きものです。さらに魚の活性の違いもある。私は途方に暮れました。と同時に、ここにヒントがあることにも気付きました。
 確かに差は在り、魚はそれを感じている。漁師になって、毎日、同じ事を繰り返せば見えてくるかもしれない…。
 実験の二つ目、サビキ釣りで、サバ皮、フグ皮、ハギ皮、人工シートを一つの仕掛けに付けたもので試したところ、明らかに差がつきます。どれも海水に入れれば半透明で違いは微妙です。カラーどころではない。イワシやアジですら、その差が判っているということになる。(もしかしたら皮の硬軟で光り方が異なるのかもしれない)では、食い付きが良い皮を外していくと…やはり釣れるのでした。その場のベターはあるがベストはないということです。
 ここで、もうひとつの結論です。カラーの選択にあたって、その効果を実感するためには、両極を用意することです。反射ベースか吸収ベース。明色か暗色。環境に馴染むか、浮き上がるか。これらが優先されます。色相の影響度はその次だと思います。ちなみに、クリアーカラーはABS樹脂である限り、光の屈折率が大なので、ルアーの内部壁でアブクのように反射しています。いわば半メッキ状態で外界を写しているので両極には位置していません。必要なら、これを利用し、ルアーが大きくても空気室を魚型にして、小さなルアーに見せることも可能です。シラスの群れ風ルアーなんて、できそうですネ。
 どのカラーが良いのか事前に知ることが困難ならば、悩むより気分替えでベースカラーをチェンジしたほうが手っ取り早い。そのうち釣れてしまう(^o^)。自分で釣れたという実績カラーは、少々の違いを埋めるだけのパワーがあるものです。宣伝に踊らされることはないです。ご自分の好みと考えで選んでみてください。餌釣りにないルアーの楽しみのひとつなのですから。競争相手に負けることも一つの知識です。現在の私は、今日はこの色で釣ってやろう派、ですが、K2F142の開発にあたって、今後は昔のように機能カラーを模索しなおしてみようと考えています。

「あなたの思い出の一匹」募集

mamoru JINNAIK−TEN,Mシリーズ等で釣った、あなたの思い出の一匹の事を教えてください。最近釣ったものでも、ご本人にとって将来、思い出になることが確定ならば大歓迎です。魚種、サイズは問いませんが、何でそんなに感激したのかが伝わる文章を、百行以内を目安にお願いします。できるだけ写真も添付してください。
またラボに掲載する場合がありますので、ご本名、ハンドル名、釣り場を伏せる等、ご指示があると助かります。
宛先は、こちら
kten@green.ocn.ne.jp
スパムメール防止のためリンクを張っておりません。
お手数ですがメーラーにコピー&ペーストでお願いいたします。
[ A : mamo. j & cool. a / P : junjun / L : nagasaki ]

K2F142の概要

 K2F3Dこの夏リリース予定の次世代K-TENの概要をお知らせしたいと思います。
各機能の詳細は、このK-TEN Labで、順次ご説明して行く予定です。
現在、各地で実釣テストを行い各部を熟成させています。
[ K2F 142 3D skeleton style ]
◆K-TEN SYSTEM 2.0 Full Moving Main Waght
フルムービングメインウエイト(磁着タングステン2球)
 ☆ルアーマンの動作中、ピックアップから投入、リトリーブなど、それぞれの局面でウエイトが最適位置へ別々に移動。釣技をサポート。ショック低減。耐久性アップ。ルアーロスト防止。
 ☆2球それぞれのブレ幅と保持位置に差を付け、円運動させることで微細なブレを発生、生命感を与える。重量比BKFの40%増。
◆Side Peak Straight Shape
サイドピークストレートシェイプ
 ☆飛行時は空気を整流してリーダーに素直に流す。また浮力の集中帯を本体重心と重ねてレスポンスアップ。
 ☆リトリーブして、若干前かがみになると、尾下部フラット面で乱流発生。アクションをサポート。
◆R-unit 2.0 (簡易型Rユニット)
 ☆様々な質量のウエイトを円運動させることで、新たなアクションを創造。
◆Triangle Eye
腹部トライアングルアイ
 ☆スプリットリングの力点を自動適正化。飛行、ファイト時に力点がボディー側に近づき、空力、破損、捻れに対応。
◆Pin-Hole Line Eye (頭部小型アイ)
 ☆入力位置の適正化とアクション時の水抵抗を低減。曲がり対策。
◆3D Laser Cut Wire
3Dレーザーカット貫通ワイヤー
 ☆必要な強度、厚さを位置ごとに最適化。
◆Escape Wire
エスケープワイヤー
 ☆貫通式でありながら、接着強度を落とすことなく尾部を細くできる。ウエイトをより後方へ。
◆Crystal Cut Side Rail
クリスタルカットサイドレール
 ☆側線を模した機能ライン(クリアカラーのみ見える)球のコントロール機能を付加。
◆PST-Body (physical surface treatment)
塗装強化表面処理
 ☆薬品ではなく、微細な彫刻による物理的強化。
◆Force Reaction Control Lip 2.0 ( 空力リップ)
 ☆2種予定。写真のリップは調整用で大きめになっています。