餌釣り師とロッド…自選エッセイ集より【24】

ルアーマンも方々に出かければ、先々で多様なジャンルの餌師と肩を並べて釣りする機会が多くなる。私もたまに餌釣りをするし、ルアーをやらない釣り仲間もいるから、餌釣り師がルアーマンに対してもつ気持ちも解る。
ルアーが一般化して見慣れたせいか、常識を守っていれば、かつてのように互いに煙たがることも少なくなった。                                                          ◇石鯛師
先日ヒラスズキ釣りに行ったら、石鯛師が先行しているらしく、小高い岩場にピトンで竿が固定してあった。餌らしきヤドカリの残骸があったが、人影がない。
竿が大きく曲がって海面に突き刺さっていたから、根掛かりしたまま何処かへ行ったのかな、と思う間もなく、別の理由で竿が曲がっていることに気付いた。魚が掛かっていたのである。
遠くでルアーマンがロッドを振っていたが、彼以外に人がいない。どうもこの無人でのされている竿の持ち主は彼らしいのだ。大声で呼んでみると、事の重大さに気付いて走ってきた。
彼が戻るまで、義理堅い魚は逃げることもなく、揚がってきたのは少しバテぎみだったが六十センチ超の立派な石鯛だった。竿が長いので、動かない魚でも抜き上げには相当の力がいる。ヒラ兼用の石鯛師は、苦笑いしながらお礼を言ってくれるのだが、今までアワセが早すぎたのかなーと呟いていたのが可笑しかった。
また、もう一人の石鯛師のことを思い出した。彼のスタイルは私と同じ、一見ルアーマンのようにウエットスーツで地磯を飛び回っていた。
干潮にならないと渡れないような、まだ濡れた海草に被われた低い岩に立ち、持ち竿でポイントを見据えて構えている。その立ち振る舞いからなかなかの強者と見えたが、挨拶がてら話を交わすと気さくなオヤジで、道糸に引っかけなければ周りにも投げてみたら、と言ってくれた。 私がそれまで遠慮しつつルアーを投げていたのを見ていたからだと思うが、ありがたく道糸の周りのサラシも探ることにした。すると、ヒラの反応は無かったが、餌を付け替えた彼のロッドが、錘の着底と同時に引き込まれた。
それからは石鯛師も初めてだと言うほど投入する度にアタリがある。少なくともルアーの着水による悪影響は無かった。むしろ石鯛は元々好奇心の旺盛な性質があるから、などという考えが浮かぶぐらい、その異常な活性は、足下を洗う潮が急に冷たく感じられるようになって、小さな鮫が連続して掛かるようになるまで続いたのである。
結果はアワセに乗らないこともあったため、幾分小さめの縦縞がはっきりした若い石鯛が三匹だったのだが、毎回、ロッドが満月になり、まるでルアー釣りのような石鯛釣りであった。
餌の投入直後にアタリが頻発したところを見ると、おもしろいかは別として石鯛はルアーで狙える魚になる。ただし小魚を模したルアーではなく、ヤドカリとかエビとかを模したものになるだろう。                                                         ◇竿の長さ
磯で会う餌釣り師の竿は、たいてい我々ルアーマンのロッドより長い。根をかわす必要があってのことだが、釣趣を求めてそうなったとも言える。
私は十八尺の石鯛竿やグレ竿やチヌ竿でもスズキを釣ったことがあるが、同じ大きさの魚でも引き味はルアー専用ロッドのときとは別物だ。石鯛竿のほうは五キロのスズキを揚げるのも重労働になり、弱いグレ竿だと目の前でロッドが大きく弧を描き、魚のパワーが目に見えるので、取り込みには苦労するが面白かった。それに磯竿だと食い込みは良くバレ難い。 近年、ルアーロッドの長さは全般に短くなっているようだが、この辺で一考の余地があるように思う。ほとんど切れないラインと正確なドラグ機能のおかげで、短い方が楽なのは、スズキに限らずGTやマグロで体験済みだが、釣趣という点では疑問も残る。
かつて山登りをしていたときに、糸と釣り針だけ持参して、竿はそこらに落ちている枯れ木を代用していた者だから、余計に竿の大切さを思うのだ。釣り人が入らない、行くだけで二日かかるような奥地のイワナは、タバコの灰にもライズするので、身体さえ隠せば釣れるのだ。食料確保の目的だから、それで充分だった。しかし、今の私は漁師ではない。釣りにはそれ以上の楽しみを求めている。 もしも石鯛竿が短かったら、船から釣るような魚体重量に見合った普通の魚の引きに近づく。あの豪快に弧を描く竿が見られなくなる。
アユ竿が十メートル前後もあるのは、リールを付けなくても竿のしなりと限られた長さの細糸で、すべてを完結するためだ。だから三十センチに満たない魚でも、ときにGT並みとも感ずるパワーを味わえるわけだ。リール付きの短いアユ竿で切れそうもないラインを使うのなら釣趣は半減するだろう。  
もちろん個人によって好みがあるだろうが、それぞれの釣りには、一番効率よく獲るための竿の長さがあり、また別に一番楽しめる長さというものがある。楽しむのなら、多くの場合で少し長めで柔らかいものになる。魚のパワーはこちらから倍加できるのだ。餌釣りは、さすがに歴史があり、そのあたりには深いものがある。
◇穴釣り
以前、房総に竹かごを背負い、とても市販はしていないような、凄まじく長い竿を使うグループがいた。彼らは釣趣などお構いなしに、獲る目的だけで竿の長さを利用していた。
相手はカサゴである。基本は穴釣りだから、短い竿でも可能なのだが、根の険しい磯だと横引きはできない。真上から餌を落とせる場所に限られる。超長竿なら相当広い範囲に餌を落とし込める。
ところがこのグループは数年で消えた。たぶん、根こそぎ釣り尽くしてしまったのだろう。彼らの道具は活躍の場を失ったのだ。
私の経験だが、カサゴの好きな穴は、釣っても翌日すぐに別のカサゴが入る。そして次の日も同じだ。我々はヒラ釣りのついでにジグで毎日一匹だけ持ち帰れる無限の穴場を見つけた、と喜んだことがある。ワームは色々な理由で使わなかったが、それでもきっかり十四日目にアナハゼが釣れた後、沈黙してしまった。回復には十年を要したはずだ。
以来、反省してカサゴに限らず、どんなに釣れる時でも自分なりに適量を定めて釣りをしてきた。無限なものは我々の工夫だけである。


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2003年の9月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。最後の写真は最近よく使うロッドです。CPSはヒラスズキ、他の二本は、友人のビルダーに作ってもらったものです。フラッドヘッダーと書いてある方はマゴチ、フッコ用で11フィートありますがペナペナ。50センチの魚で満月になります。場所を選ぶけど楽しいです。

開発状況…塗装強化他

 今回は、K2F塗装強化のための表面処理についてです。
 ルアーの塗装は、各メーカー、ハンドメイドそれぞれの製作者に独自のノウハウがあるはずです。長年の経験で得たものは門外不出としておきたいものですが……。 K2Fボディーの表面に施す細工は、発想自体は新しくありません。手間と費用の関係で見送ってきただけです。それは一般塗装にもよく使われる方法である下地の表面荒らし、に代えて、マシニングによる彫刻で、美しく、ムラなく一定に密着度を上げる目的で採用するものです。確実な方法です。実際の塗装工程はヒ・ミ・ツです。
 
 しかし、飛躍的に強度が向上する、とはいかないでしょう。最近のフックは、針先が以前に比べて遙かに鋭くなっているので、焼き付け塗装や車の塗装でさえフックには負けてしまうのです。
 問題は禿げ方です。ペリッと大きく、は避けたいものです。 
 ルアーの横腹に円弧状のマークが付きますが、これは泳いでいる時に付くのは稀なタイプのルアーで、ほとんど、度重なる着水や、アクションをつけたときのショックや、ヒット中に針先が当たることが原因です。 二本フック仕様のミノーの、ウォブンロール支点にある腹フックは、遊泳中、全く静止状態のものもあります。
 塗装自体の強度は、大きいルアーも小さいルアーも変わりはないので、当然フックが重いルアーのほうが過酷な条件になります。
 いっそのこと、昔のバスルアーにあったように金具や形状でフックの暴れを止めてしまおうかとも考えましたが、これだと力のある海の魚だと、ルアー本体、フック共、無理な力が掛かって破壊されてしまいます。
 やはり、地道に改善していくしかないのです。写真は、今のところ、これくらいのピッチで表面に彫刻すれば、効果があるという目安です。コーティングを掛けた時点でほとんど見えなくなるでしょう。
 
 
 別件……先日、K2Fのテストをしに早朝行きつけの磯に向かったら、先行者がいました。ヘッドライトを持っていたから暗いうちから入っていたようです。
 邪魔をしないから一緒に投げさせて、とお願いしたら、快くOKしてくれました。ん?よく見たら十年ほど前に別の磯で会った人に似ている……Kさんでした。ずっと仕事で関西に行っていたそう。お互い思い出すのに少し時間がかかりました。しばし歓談。
 カミサマの考えることは時々、理解不能の事があるけれど、この時は別。何故なら、快く我々に場所を空けてくれたKさんに待望の一匹。5キロオーバーの磯マルスズキ。
 記念に写真アップしときます。Kさん、写真お渡しできます。T社にメールでも下さい。

開発状況…本型着手

 昨日は二ヶ月ぶりにタックルハウスへ。自宅からだとレインボーブリッジを抜けて東京を通過するので、三時間ほどかかります。
 普段の打ち合わせは、パソコンとTELです。自宅は海まで二キロ、小河川まで歩いて五分なので、ルアー作りには地の利を生かせるわけです。
 K2F142は、細かな問題点を解決したので、関係者の了解を得て一段階進み、ABS用本型をおこせるようになりました。といっても、GWを挟むので、それができるのは六月。型物ってすべてに時間が掛かるのです。
 それまで、残り少ないプロトでテストを続行することになります。本型ができるまで我慢です。 
 今回はタックルハウスって、どんな会社?と、よく聞かれるので、チョットだけ写真撮ってきました。社外秘のところも多いので、差し支えのない範囲です。
 大量生産のルアーってオートメーションで次から次へとできるようなイメージがあるようですけれど、御覧の通り、手・づ・く・り・です。プラスチック製品も塗装やコーティングはハンドメイドと同じ手作業です。







 

リリースと食べること…自選エッセイ集より【19】

 近頃ではリリース談議が落ち着いた感があるが、あえてここで取り上げてみたい。
 釣った魚をどうするかは、大きく分けて三つの方法がある。①全部リリース。②全部キープ③リリースもするが、食べることもある。あなたはどれだろう?
 私は常々リリースについて質問を受ける度に、放すことも食べることも大切、と答えてきた。つまり③ということだ。                                                         ◇実際
 もちろん、リリースや食べることの比率は、ルアーフィッシングに限っても魚種や状況によって様々である。限りなく①に近づく場合もあれば、すべて②になることもある。
 例えばスズキでいうと、外洋の岸からのスズキならキープ率は高くなる。私で三割ぐらいか。(現在は一割未満)これが東京湾などの内湾だと、放すことが多くなる。理由は簡単、外洋でスズキを岸から狙っても、全体の魚体数に影響するような数は滅多に釣れないことと、食べることを考えると内湾のものよりウマソウに見えるからだ。
 ただし、魚がいる場所まで、こちらから近づける手段(ボートなど)が強力になればなるほど、リリース前提の釣りになる。それは、外洋、内湾を問わない。 ボートで釣りをすると、たまに不安になるほど多数釣れることがある。そんな時は釣れないルアーにチェンジしたり、出来るだけ少数でも楽しめる方法をとる。仲間内では、まだ釣れていない人が何事にも優先され、なるべく全員にヒットが得られるようにしている。 
 そして、リリースするなら、手早く、触らず、完璧に、だ。また、食べようと思った魚は、やはり手早くシメて血を抜いている。
 日本には世界に誇れる魚食文化がある。たまに本物の魚を食べておかないと、インチキ表示のスーパーや、寿司屋のノウガキにダマサレテシマウゾ。(食品偽装問題が話題になる前に書いたものですが、当時、魚の表示は何でも~タイが多かったですね。)
  ◇リリース・アンド・キープ①
 これまで幾つものランディングシーンを見てきた中で、実に感動的なリリースをした人がいた。アメリカ人の彼は、釣った一匹をシメ、次に釣った二匹目を何気なく、極めてスムースに海へ帰した。 その魚を見る目。一連の身のこなし。たぶん、普段からああいう離し方をするのだろう。特別に優しく魚を扱っていたから感動したわけではない。海外のリゾートの釣りなら、慣れて見事なリリースはいくらでも見ることが出来る。
 彼に会った場所は海外ではあるが、ルアー釣りをする我々が集まるような普通の海岸である。ベトナム帰りだという彼に私が見たものは、命あるものへの想いといったものなのかもしれない。
  ◇リリース・アンド・キープ②
 その後、国内でも海外でも、いつのまにか魚の扱い方が気になるようになった。 もちろん私も、ひたすら仲間との楽しい釣りができる、ガイド付き、完全リリースというリゾートの釣りも好きだ。しかし、一人で海外へ行くようなときには、もっと普通の釣り、我々のスズキ釣りのようなショアーからの釣りに興味を覚え、方々を旅してきた。
 リゾートにはガイドもおり、迷うこともない。その場のルールに従っていればいい。尾数制限、フック制限と色々あるが、考えることもない。
 問題は、自主的に考え、行動しなくてはならない大多数の普通の釣りのほうだ。それは諸外国の事情も様々で、リリース、キープ、表面上はそれほど日本と違うようには思えなかった。
 アメリカのロスなど庶民向けに三千円で(今、いくらかは不明)利用できる乗合船があるが、サイズ規定違反の罰則が厳しいぐらいで、現場ではほとんどすべてキープだった。私はそこでブラックシーバスを釣ったら、それは稀少種なのでリリースしないと罰金千ドルだと言われたことがある。また、キーパーサイズに僅か1センチ足りないハリバットをやっと釣った黒人は、助手に指摘され罵声をあげながら魚を海へ叩き付けていた。
 釣り上げた魚は、一ドルほどのチップで助手が捌いてビニール袋に入れてくれる。何と、赤身も白身も魚種不明のままゴッタマゼだ。さすがミンチが基本のハンバーガーの国である。
 日本より厳しいルールを持ちながら、何か釈然としないものが残った。
  ◇人任せにしない
 あのベトナム帰りの彼のように、美しくシメ、あるいはリリースするには、何が欠けていたのだろう。
 それは、たぶん、あらゆることを人任せにしていない、ということに尽きるのだと思う。
 釣って、シメるにせよ放すにせよ、ロッドをセットすることも、魚を捌くことも、助手やガイド、友人、彼氏に肩代わりして貰っては、全経験を我が物にすることは難しい。自分で釣り場に向かい、友人を誘い、ラインを組み、ポイントを選び、自らのルールで一匹の魚を釣り、シメて、食う。これは、釣りをやらない限り、簡単には得られない生きた貴重な知識だと思う。
 普段、我々は過程を知らないまま誰かが殺した肉を食い、捌いた魚を食っている。そんな基本的なことすら、実感無しで生きていける。生きるということの仕組みの全体を直接見る機会など滅多にないのだ。
   ◇矛盾
 釣りという行為の一連の過程の中で、幾つか欠けても、その楽しさには変わりはない。そして本来、釣りが持つ矛盾にも目をつむっていられるかもしれない。しかし、一度気付いてしまえば、後は知らんぷりをできるような問題ではない。なにしろ、そんなに魚が大切なら釣りなんか始めからしないことだという意見は常に付きまとう。その上、私など、魚にとってはかなり高性能の殺戮兵器のデザインという仕事までしているわけだ。
 今の私には、それらに明確に答える術はない。ただ言えるのは言葉だけでなく、手で触れるように、その矛盾を含めた全体を見続けていこうということだ。そこでは、あらかじめ決められたマニュアルにあるような答えは無く、問題がある度に自分で悩み、考えなくてはならないだろう。
 
 迷って良いのだと思う。むしろ、疲れて考える事を止めることのほうがコワイ。迷えば、迷っている人のことが解る。釣りをすれば、釣り人の心が解る。自然の中で遊べば、その強さと脆さを知る。
 釣りという矛盾の中に居続けてこそ解ることがある。少なくとも、何処へ向かえば良いのか、その方向ぐらいは確実に見えてくる。
 何処かの昔の人が、愛という感情の反対は憎しみではなく、無関心だと言っていた。まさしくそのとおり。我々は、釣りや自然に関心が有り過ぎるぐらいにある。命を絶つこと、そして食うこと。命と遊ぶこと、そして帰すこと。どれもが大切であることを願う。
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1999年3月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものに、若干加筆しました。下の写真はブラックシーバス。これを書いた後に、某有名デパートで近海生本マグロの解体即売の嘘がばれたことが記事になっていました。良質な冷凍物だったそうですが、問題は、数百人が食べて、気付いた人が数人しかいなかったことにもあるようです。私も自信ないです。 

流体の非科学…自選エッセイ集より【18】

 購入したルアーの動きを、まず自宅の風呂場で確かめた人も多いだろう。これが自分でルアー製作までする人であれば、プラグと一緒に風呂に入って小一時間過ごしたことも一度ならずあるはずだ。
 大人がオモチャに興じるようにルアーと入浴している様は、どう見ても頂けないが、こんな時にこそ、アイデアが閃いたり、様々な思いが駆け巡るものなのだ。 だから私もつい長湯になって、のぼせて倒れかかったことも幾度かあった。
   ◇ルアーを知る
 ルアーは水と空気という流体に関わるものだ。その二種の環境を等分に行き来して、時には八十度を超す車のトランクに押し込められ、直後に水で急激に冷却され、たまに生物に噛まれるばかりか、錨の代わりに使われて、地球との無謀な引っ張り合いを強要される。
 さらに、投入して着水までは尾部を先頭に空気を切り裂いて、安定した高速移動を要求され、水中では進行方向を反転し、頭部を先頭に今度は適度にバランスを崩しながら振動していなくてはならない。それも一度どころか一生同じサイクルを繰り返せる根性まで試される。 
 ルアーは古くから在る物だから、これらの性質は、今なら誰も驚かない。しかし、もしもルアーを知らない人に、物理の課題として前記のような物体を作りなさいと言えば、途方に暮れるに違いない。空気と水、安定と振動、進行方向の逆転といった二律背反を含む難題になる。
 我々がその難問を何気なくクリアーして、ルアーを作ってこれたのは、やはり先行した人々のモデルを参考にできたからだろう。物理法則や流体力学など知らなくても、大体このようにすれば、こうなるという単純さも併せ持っているのがルアーだからだ。
 ただ、そこは知らないで作るのと、知って作るのとでは、少なくとも作り手の満足度という点では大きな隔たりがある。もちろん私は、空気と水とルアーの関係について、もっと知りたいと願ったほうである。
◇ある実験
 空気のほうは、我々が日常で正にその中で生活しているわけだから、知り抜いているようにも思えるが、流体であることから動いた時にその性質は一変する。ルアーにとっての空気を知り、また体感するには自分がルアーになってみなければならない。
 思い出すのは、かってルアーの飛距離について模索していたときにある実験をしたことだ。それまでに、水のほうは知人の大学の流水漕で実験したことがあるが、さすがにルアーごときでまともな風洞実験させてくれるところはない。
 そこで、ルアーを横から細い棒で串刺しにしたものを用意して、高速、イヤ専用道路で車の窓からルアーを出して空気抵抗による影響を調べることにした。主な目的は、一見して抵抗のない形では能がないから、ルアーらしい形でも安定が可能かどうか、また表面処理による抵抗の違いを知ることだった。
 この実験は、やってみると風洞より優れた点がある。細い棒を指で持っているため指先という高性能のセンサーによって微妙な違いを感じ取ることができた。 これによって、幾つかの未知の現象を体感することになり、その解決のために流体力学などに頼ってもみた。しかし、私の望む具体的な知識は残念ながらそこには無かった。当時の世の中では、風洞実験をしたであろう地を這うはずのワークスのレースカーが空を飛んだり、F1のデザインも形が定まっていなかった。まだ発展途上の学問なのだった。
 そもそも、流体に関するシミュレーションというのは、現在のスーパーコンピューターをもってしても、扱うデータ量が多すぎて、満足な成果を得られないそうだ。長期の天気予報が信頼性に欠けるのも何種類もの流体が関わるからだ。
  ◇実験から
 あの実験以来、私の設計したルアーは二種を除いて、ほとんど頭部を細く絞った形を採用している。カルマン渦という進行方向の後ろに発生する渦を巻く乱流を防ぐためだ。これは、水中ではルアーの泳ぎの原動力ともなっているが、空中では失速に結び付きやすい。ちなみに十年前のFショーには、ゴルフボールのようにディンプル処理したリプルポッパーを発表したのだが、ホワイトに塗ったせいか、笑いは取れたが、今ひとつ不評だった。
 カルマン渦というのは案外身近な現象で、ロッドを振った時のブンッという音も、風のある日に魚を釣るとラインがヒューッと鳴くのも、このカルマン渦によって振動するからだ。また、ロッドを水中に突き刺して高速で水を切れば、横方向の振動を感じるだろう。ルアーでなくとも泳ぐという現象は起きる。
 そして、飛距離を邪魔する空気抵抗は、ルアー前後の圧力抵抗と表面の摩擦抵抗だから、進行方向後部(ルアー頭部)の乱流も、今までは無いほうが良いと思っていた。しかし最近はそれを少し改め、適度な乱流による抵抗は安定を促す矢尻の代用としても使えるということが解ってきた。
 ルアーは、車や飛行機と違って、ラインとフックが付いてまわるので、形による空気抵抗の低減だけでは収まらないところがある。
 そこで作ったのがリップレスのTKLM90であり、リップが横に開いたTKF130などなのだ。いずれも重さだけに頼らず、1グラム単位としての飛距離は群を抜いている。
◇試行錯誤
 スキーやスノボの滑走面はツルツルより細かい筋を付けたほうが滑りが良いし、最新の競泳水着もわざわざ小さな突起を付けていることから、表面の摩擦抵抗を下げるリブ加工も試してみた。これはコーティングで埋まってしまうため、思ったほどの効果は得られなかった。ただ、魚の鱗は、もしかしたら高速で泳ぐ時には積極的に毛羽立たせるなどの変化を見せるのではないか、という疑問も湧いた。
 その他、物理法則をルアーに応用できそうなものは、整流のためのディフューザーやストレーキ、コアンダ効果を狙った造形などがあるが、いずれも私の求めるシンプルな形のルアーから遠ざかってしまうのだった。
   ◇補足
 ルアーの動きというのは、何処に乱流を作ってバランスを崩すかということなので、色々な形式が考えられる。
 リップがあれば、その後方には強い乱流ができ、一番泳がせやすいが、リップを取り除いてペンシル風にしたBKF115、140ミノーなども良く泳ぐ。
 これは頭部に水受け面のあるリップレスタイプのミノー達とは、泳ぎの原理が少し違う。要は翼の断面のように背面、腹面の外郭ラインの長さを変え、湾曲させたことによる揚力と、頭部のなだらかなカーブで得られる潜行する力を対抗させたからである。上がろうとする力と下がろうとする力が無理をするので、耐えきれずバランスを崩す。つまり泳ぐということだ。また、いかにも泳ぎそうな形のスプーンはともかく、Pボーイのような真っ直ぐなジグが泳ぐのもこれに似た理由による。
   ◇風呂場にて
 TKR130Hと、130Mは先の点で面白いルアーなのだ。様々な原理を応用しているので、リップの無い一見ペンシル風の130Hがミノーであり、大きめのリップが付いた130Mは高速になるにつれてジャイロの働きで泳ぐことを止める。これは一番長い時間、入浴のお供として付き合った仲なのだ。
 海の現場では出来ないことも、狭い風呂場でこそ可能なこともある。自宅の風呂場には、魚の口に似せてペットボトルで作った負圧発生装置や数十本のプラグを常備してある。当分片付ける予定はない。
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2004年7月、岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。この時は、風洞実験の代わりに車を利用する、とありますが、その後オープンカーにして、より効果的な方法になりました。
 今、熟成させているK2Fの姿は、風速を可能な限り上げて(数値は、事情で書けません(^o^))シェイプしたものです。 

代官山(同潤会アパート) 1968年頃の写真

写真を整理していたら、昔住んでいた渋谷区、代官山の街の旧同潤会アパート(関東大震災の教訓から日本初の鉄筋コンクリート造りの集合住宅)を撮ったものが出てきました。今から四十年近く前のものです。私、まだ子供です。
駅の西側に三十六棟の異国情緒たっぷりのアパート群がありましたが、再開発で、現在は三十六階建ての高層ビルを中心とした街に一変しています。
計画が公表されて、無くなると判ってからはたくさん記録があるようですが、それ以前となると、あまり見かけません。たぶん、私も東京にいた時には東京タワーに上がったことはなかったように、当の住人はわざわざ自分の街をテーマに写真を撮る方は少なかったのでしょう。 (写真は色褪せていたので、簡単な画像復活処理をしました。)
当時、私の家はアパート群に近接した一般家屋だったのですが、この街が他の地域とは違うのは、少し足を伸ばせばすぐ気付きました。普通のアパートやビルが建ち並ぶところと、統一デザインが施された古い同潤会アパートに囲まれたところとでは雰囲気がまるで異なりました。
それと、渋谷からひとつ目だというのに(初乗り十円ぐらい)駅前にはほとんど店はありませんでした。憶えているのはケーキ屋とラーメン屋ぐらいです。
また、その後は知りませんが、渥美清さんもこの街の住人で、子供にもニコッと挨拶してくれる方でした。寅さんより紳士的なイメージがしました。
写真は、もっとたくさん撮ったはずなのですが、度重なる引っ越しで失われたようです。子供の私が何故、写真をまとめて撮ったのかは、想像は出来るものの正確には覚えていません。
後の代官山は、日本のモンマルトルとか言われて人気が出て、ヒルサイドテラス辺りからお洒落な街へ急変していきました。

そして、この後、再び新宿へ戻った高校生の時には、あの西口超高層ビル群の建設ラッシュを、始めから見せ付けられることになります。多感な年頃で何かあると帰りによく立ち寄ったものです。夕日が沈む方向というのも余計にいけなかった。今度は一枚も写真を撮っていません。
自分が住んでいたふたつの街の激変ぶり。普通なら道路の配置ぐらいは残っているものですが、痕跡も無い。馴染んだものの完璧な消滅。
嘆くことすら何ものかに拒絶されたような気がしたものです。私が一挙に自然志向になった理由のひとつと思われます。 






駅ホーム渡り部分

リスクについて…自選エッセイ集より【17】

 「スポーツは健康を害する」とかいう説を唱える学者の意見がマスコミを賑わしたことがあった。曰く、スポーツを日常的に行う者の平均寿命は、そうでない者と比較して短い云々、とかいうものだった。
 統計を取れば、そうなるらしい。スポーツ選手の例を取り上げて説明されれば、一般人の我々以上に骨折や身体の故障が多いのは当然であろう。長生きしたければ、散歩と健康体操ぐらいにとどめておいた方がいいそうだ。   
 そうした説にも一理あるが、時々巷間に現れる健康に関する説には失笑を買うものがある。
 タバコを一本吸う度に破壊されるビタミンの数は何㍉㌘で、脳細胞は何千個ずつ減り続ける、などとあった。
 計算してみると、私の身体の中のビタミンCはとうに枯渇して、脳細胞は残り僅かということになる。
 その他には、コーヒー、酒などを過飲し、寝不足等、習慣化すれば、それぞれ寿命が何年縮むとある。それらを全部足してみると、やはり私はとっくに死んでいるのであった。
 そう言えば、心臓の鼓動数は一生涯でほぼ決まっていて、寿命の要因になっている、というのもあった。スポーツどころか、うっかり恋も出来ないということだ。
 それらの説に異を唱える気はないが、人間はもっと総合的な生き物だ。健康だけでも、金だけでも、独りでも生きてはゆけぬ。 
 行動すれば、身体的リスクを伴うのは仕方のないことだ。
 釣りでいえば、一番安全なのは、庭先の池で金魚を釣ることぐらいだろう。ちょっと遠くへ出掛ける釣りになると、車に轢かれたり、船が沈んだり、飛行機が落ちたり…、とリスクは増大してゆく。皆、何気なくも、結構覚悟の上で釣行しているのだ。
 私はと言えば、さすがに飛行機が落ちたことは無いが、今にも落ちそうな飛行機には乗ったことがあり、現にその後、ニュースの中で落ちた。乗っていた船は沈み、バラフエダイの食あたりもあり、海に落ちたことは数えきれず、居眠りタクシーとの正面衝突や、よそ見の十トンダンプ二台に挟まれたこともあり、三階から落ちたことや、雪崩にバイクごと巻き込まれたこともあり、3/0のフックが伸びたほどのハリ傷も頭にある。
 気が付けば、首上だけで四十針以上、縫っているではないか。
 
 リスクの渦の中を、限りなくジャンケンで勝ち続けるような確率で、よくここまで生きてこれたものだ。たぶん、性格が慎重で臆病なせいだろう。
 例えば、若かりし頃、山の経験を生かして看板屋でバイトしていたとき。四階まで伸びるハシゴで作業中、怖くて、もしここで落ちたらあの電線に掴まるしかないな、と思っていた。ほんの数分後、下を通るトラックが私の乗っているハシゴを引っ掛けて倒されたのだが、とっさに電線に飛び付いて難を逃れたことがある。電線は案外、強い。
 また、地上3000メートルの北岳バットレスでは、頂上直下を登攀中、ニワカ豪雨を食らって墜落してしまった。
 岩の縦溝にしっかり打ち込んであるはずのハーケン二つは、次々と抜けた。一度は岩に当たり、バウンドして、もうダメと思った瞬間、落下が止まった。三十メートルの落下衝撃で一時気を失ったが、しばらくして何とか登り直すと、何と其処には、あのハーケンが抜け掛かり、ぐらつきながらも一本で私の体を支えているではないか!
 それは、何気なく横溝に挿しただけの二百五十円の安物ハーケンであった。横溝であるので、垂直方向に力が加わっている限り抜けなかったのだ。体勢を立て直して恐る恐る触れてみると、変形したそれは、スッと抜けた。安堵と恐怖で岸壁に張り付いたまま、奇跡に感謝したものだ。
 あの時、岸壁途中でビバークした岩棚は、その後に崩落したと聞く。私は、既にこの世に存在しない場所で一泊したことになる…。
 
 リスクには、精神的なダメージを含むものもある。それは、山でも海でも、しばしば起こり得る。
 仲間と行動を共にするということは、いつか良からぬ事故もあり、互いに助けたり助けられたりということが起きるかもしれない。友情を深める場合もあれば、心に傷を負うこともある。
 泳ぎに自信があれば、溺れている人がいれば大荒れの海でも飛び込めるだろうが、では気の荒れた鮫がウジャウジャいたらどうする?相手が恋人ならためらいもしないだろうが、たいていは躊躇する。 ギリギリのところは、山などで何例かあったので私個人の限界は知っている。そして情けないが、命懸けともなると、助ける相手が誰であろうと、その時々の精神状態によって勇気が出たり、出なかったりすることも知ってしまった。日頃の誓いとか、決心など、あまり関係ないのだった。
 そうした精神状態というのは、例えば、映画でもいい、本でもいい、星空であってもいい、誰かとの語らいであってもいい、本人にとって何か感動出来たことの直後や最中のような状態である。そんな時は、案外、単純に命懸けに近いことができる。
 あとは常に、ある程度のリスクに囲まれた生活をしている方が、いざというときに体が硬直しない。もうひとつは、後悔を前倒しで想像し、半ばヤケクソで突っ込むという手もある。さらにもうひとつは…これはよそう、人次第ということだ。 
 以上は、決して鮫のいる海へ飛び込む方法を書いたわけではない。かように、常にユウキある人でいられるのは難しいということだから、参考までに。
 不意の状況で、どんな行動を起こせるかなんて、誰にも判らないのだから。
 
 行動とリスクは表裏一体。それは変えようがない。ただし、ほんのちょっとしたことで、大幅にリスクは減る。
 私が今までほぼ無事?でこられたのは、事前に辺りをよく観察して、準備を怠らなかったからだ。(その割にはよく落ちるネ。上の写真でも事前に裸で準備OK)結局、ごく当たり前のことをするしかなかったのだ。その僅かひとつのことが、あなたを救い、友を助ける。
 それは、身体を鍛えることであったり、釣りをする前に波を見ている時間が人より長かったり、磯や堤防で落ちた時に、何処からなら上がれるかを見ておいたりすることだ。魚の取り込み場所もしかり。 たまに安全な所で、ウェットを着て海に飛び込んで、サラシに揉まれてみるのもいいだろう。また、ウエィダーで海に落ちるとどうなるか、知っておいた方が良い。
 繰り返すが、リスクの渦に入ったとき、たったひとつの違いは、とてつもなく大きいのだ。
 
 かって、80キロの怪我人を背負ってスキーで下山できた私の体力だが、予想以上に低下していた。この前、40キロの女性を背負っただけで腰がコワレた。 これではイカンと今シーズンから、程よくリスキーなスノーボードを始めた。ウーン、面白いが身体には悪いスポーツだ。ただ、大転倒して、捻れて、グキッと一発で数年来の腰痛が治ってしまった。逆ひねりでなくて良かった。
 現在、私の負傷か所は、右膝靱帯と左肘靱帯など。二週間後に迫った海外遠征までに治さなくてはならない。
 その前に、ヒラ釣行が二回とスノボの例会がある。
 さて…。
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1999年5月に岳洋社さんの「SW」に掲載されたものです。……最近の磯ヒラスズキのシーンを見ていると、ウェットを着用している人がかなりいます。ウエーダーより何倍も安全だと思いますが、過信は禁物。今後はサメに注意してください。特に荒れ後のニゴリ潮では、やる気満々の奴を見かけます。沖に居るときと違って、悠長に背ビレなんか出していません。いきなりドカッときます。
 また、足場の悪い所では6ミリ以上の必要分の長さのロープを持参しておくことをお勧めします。

募集…あなたの思い出の一匹‐6

 ハンドルネーム、「近所のH」さんからいただきました。
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 自分にとってやがて『最高の良き思い出』となる事、間違い無いので報告致します。
 2008年4月5日天気予報では波高1.5mと、房総では凪の予報でした。
 朝から、これと言ってやることも無くPCで天気予報をチェックしていた所、午後からは風が南に変わるとの事でした。時間も有るし、『たまには夕マズメも良いかな』なんて思って房総地磯への釣行を決定。【自分は日の出に向かう時間しか磯に立たない】(秋~冬の河川のヨルマルは得意とするが・・・) 
 ウエットスーツに着替え満潮から下げ始めの16:30頃から磯に向かい、途中顔見知りの漁師に『おっ 今日は夜釣りか、オバケに気を付けろよ!』と、冷やかされながら入磯する。
 タックルケースの中の、使い慣れたBKF115、125、140のナチュラルカラーとパールベースがいつもの1軍ですが、この日は何故か限定品の派手なカラーの125イエローバックスリットホロオレンジベリー?が気になりベンチ入り。
 案の定サラシはほとんど無く、小さなサラシを繰り返し打っていくが何の反応も無いまま1時間が過ぎていました。
 諦めて撤収かな・・・と思いながらも陽が落ちるまで待って30分やってダメなら帰ろうと思い、しばしの休憩タイム。
 18:30過ぎ、辺りが暗くなり再度チャレンジ。
 その時に何となくBKF125イエローバックスリットホロオレンジベリーをぶら下げて、小さなサラシに向かい投げること3投目でした。足元のサラシにルアーが入ったかな?と思ったとたんに、ゴツンッ! キタッと思い必死にあわせを入れましたが、何か今までの魚とは違うような・・・
 CPS123がバットから曲がり、ツインパワー5000のドラグはスベリます、何とか堪えて魚が浮いた時に間違い無くデカヒラと確信しました。
 夢中でランディングの体制に入りますが、魚が大きくズリ上げられない・・・
 大きな波がくるまでヒヤヒヤしながら魚を泳がせて待ちます(ヒヤヒヤしながら待っている時間が長い事、長い事)どうにか大きな波に乗せてズリ上げる事に成功し、最後はボガグリップでランディング出来ました。
 あらためて、魚を見るとモンスターサイズにビックリです。記録更新はモチロンですが、自分はしばらく放心状態で魚を見つめていました。 
 ボガ30lbで計量すると17.5lbで、全長は93.0㎝の間違い無くモンスターヒラでした。
 嬉しい事は確かなのですが、何故か”やってしまった”という罪悪感にも似た感覚になりました。波高が低いのに釣行した事、普段は釣行しない夕マズメに釣行した事、撤収せず陽が落ちるまで待った事、気になったカラーのBKF125を使った事、そして、モンスターが自分のルアーを喰ってくれた事、色々な事が重なってモンスターをキャッチする事が出来ました。
 帰宅しても興奮が醒めなく、その晩は3時間ほどしか眠れませんでした。数年後、この日の出来事は必ず自分にとっての『最高の良き思い出』となる事でしょう・・・
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 このヒラスズキ、私も見ました。ほんとにデカイ。「近所のH」さん、報告ありがとう。写真の顔が、めずらしくコワバッテいるのも体験の大きさが判ります。

OTHER…未知のままに

昨日は、内湾でルアーテスト。最近、ヘビーな釣りが多かったので、アブレの心配がない所で癒しの釣り。古くからの釣友Tさんと四方山話しながらのウェーデングです。
しかし、いつもどおりとはいかず13センチ以上のルアーだけを投げていても、反応するのは小型オンリーでぜんぶスレ掛かりだったので早々と撤収しました。
やはり、避けていたことを片付けておかないと気が落ち着かない。
先々日、若い釣友から93センチのヒラスズキをキープした(ドラマがあったようなので後日、登場願います)と聞いたので、頭部だけを貰って冷蔵してありました。解体して、耳石を取り出すためです。
この頃、ほとんどリリースなので、あの作業をするのは10年ぶりぐらいかな。(想像しない方がいいです)気が重くなります…。
それと、このヒラスズキ、まだ抱卵していたそうです。(胃が空っぽで凹んでいたので外見で判別ができなかった)やはり、個体によってかなり差がある。これはキープしないと判らないことでした。
手を合わせた後、どうにか解体を終えて、取り出しました。これ、ピンポイントで位置が判っているから良いようなもの、初めての時は、白色の中で白色の物体を探すので、時間がかかり吐き気がしたものでした。
料理でいう、鯛やカンパチのカブト割りの要領でいいと判ってからは、事後、焼き物にしていただけることもあり、幾分気が楽になりました。小さいのは出刃包丁、大きいのは鋸が安全です。 
写真を載せるのは迷いましたが、聞かれても口頭では説明しがたく危険なため、あえて、写真を反転処理して、位置が判るように載せることにしました。ここから、正確なカブト割りをすると取り出せます。脊椎に膨らんだ部分があり、この中に対になって二個入っています。 
今回の耳石を見ると、形態や大きさから、仮説ですが思い当たることがありました。しかし、それは出し渋るようですが、今は私の心の中に留めておこうと思います。証明するには、なお多数の個体をキープしなくてはならず、個体数保全の願いから、それには応えるわけにはいかないからです。
今後、たまにキープされたものについては調べてみますが、この場合、未知のままにしておくのもあり、かなと考えています。
この魚の性質。不思議です。

Fテスト…雨とベタ凪の土佐、でも‥

  高知空港に着いた時、東京より冷たい風が吹いていました。釣りのほうは一抹の不安がよぎったものの、過去、このようなときにも魚を出せたことがあり、さすが四国と唸ったものでした。
 しかし、今回は一日目のベタ凪と、二日目の雨に祟られて、磯スズキはバイトが数回あっただけで終わってしまいました。東京で寒の戻りがあったという前日のことです。
 それでも、こういう時なりのジックリとしたテストや、意見交換もできるので、収穫は多いのです。それに、夜は、ご無沙汰しているテスターさんや友人達との懇親会もありました。  
 四国へは以前、千葉から一人で車を走らせて、二回、海岸線を一周したことがあります。行って帰って来ると四千キロになりました。二回の釣行で八千キロ。私も元気でした。
 大昔の一回目は、条件も良かったせいか、房総と似たような磯を探して投げてみると、ヒラスズキが、そこかしこに居て驚いたものです。二回目はナギで苦戦しながらも、地元の釣り仲間の案内のおかげでヒラとマルの顔を拝むことができました。魚の豊かさには何の不安もないところなのです。瀬戸内側の海流の中での釣りと、南の広大で荒々しい磯での釣り。どちらも房総には稀なので、心底うらやましいと思ったものです。
 たまの不調は自然のこと、仕方ありません。今回の釣行後、寄った港で定置網漁の水揚げを見たところ、鯛、鰺、鯖、鮃、鰯、ハギ、イサキが揚がっていて、特にブリは大きさも数も大量でした。でも、探してもスズキだけが見あたらなかったのです。
 
 普段だったら釣りに行かないであろう日並みに、テストに協力してくれた高知シーパラダイスとロックダンスの仲間の皆さん、本降りの雨の中、本当にありがとうございました。           一日目、海岸で、空から(崖上から)降ってきたイノシシに驚きながらも、何とか魚を出した小田さん。二日目、二隊に分かれて早朝から沖磯に渡り、シューズが壊れるほどトライしてくれた川村さん、常光さん。 雨に煙る豪快な磯を、私が追いつけないほどの速さで駆けて探ってくれた矢野さん。泳いでまで(笑顔で渡るのが高知流)捻り出そうと熱い釣りを見せてくれた西村さん。魚はともかく、皆さんの思いはK2Fに確かに注入されました。各人の個性的な釣り、しかとこの目に焼き付けました。        これから、あの磯の構成や、釣り方、魚の実績ポイントを頭に描きながら、K2Fを育てていきます。皆さんが現場に持参する数本のルアーの中に、いつも選ばれるようにしたいと思います。
 
土佐レッドアイのこと
 昔からソルトルアーをやっている人なら、その名を聞いたことがあるでしょう。今回の釣行のもう一つの目的は彼等と再会することでした。
 定員三名の釣りクラブといっても、その活動はソルトルアーの歴史の一角を担っています。不世出の釣りセンスが光る大坪さん。いつまでも明るく優しいブロンソン、内川さん。ねばり強くアカメの国を構築した長野さん。
 私のルアー製作にとっても、三人の存在はずいぶんと励みになったものです。アカメの国のHP内のレッドアイの紹介欄の中に、昔、一緒に撮った私達の写真を今でも置いてくれているのは、とても光栄に思います。
 またお会いして、皆、歳をとったネと笑いながら、少量の酒を酌み交わす日を楽しみにしています。
 
 最後に、田村さんのお店、ビストロアミュゼ(料理とてもおいしい、お勧め)での懇親会に出席してくれた今井さん、浜氏さん、川淵さん。バーベキューでご一緒した白石さん。それと、サポートに徹してくれた牧野さん。ありがとうございました。THから開発の藤本。広報junjun。ごくろうさま。