大アブレ…自選エッセイ集【35】―S

週刊つりニュース

1996年6月に(株)週間釣りニュースさんの発行した媒体に掲載されたものです。

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◇大アブレ
海のルアーフィッシングを続けている限り、餌釣り以上にアブレは付き物。懲りもせず、日々その数を積み重ねている。

ルアー釣りを知らない人は、膨大なエネルギーの浪費と言うが、本当の浪費は私のタバコのようなものについて言えることだ。この20年で既にベンツ一台ぐらいの金額を空気中に吐いている。

幾つものアブレの中でも記憶に残る大アブレは、なまじ少々釣れるより、遙かに人生に彩りを与えてくれるものだ。
宮古島では、三日間荒天で、大酒を喰らい、ボーリングだけして帰ったことがある。ボールの指穴が異常に大きく開いていて、ガタガタ転がっていくのが可笑しかった。
また、大マグロを夢見て四日もかけて行ったメキシコの遙か沖から、これも荒天で、ロッドを持つこと無く引き上げたこともある。
関東近海では、シイラはいつ来るのかと、バカな興味で早過ぎる季節に二日も海上を彷徨った。
そしてヒラスズキでは、ニューポイントを捜そうとして四ヶ月もアブレたことがある。

最近では、ゴールデンウィーク直前に四国一周を試みて、四日間で三千キロ走って一匹も釣れなかった。
四国の名誉のためにアブレの内容を話すと、まずルアーのフィールドテストと、テスターである友人達に会うことが第一の目的であったことに加えて、四日間、春うららかな日並みが続き、サラシひとつ無い海を前にして為す術が無かったのだ。
数年前、同所をやはり二週間掛けて釣行したときは、各サラシに居付きのヒラスズキがいて、一回もアブレが無かった。昼間、ヒラスズキと会うには天候次第だということを今更だが痛感した。
というわけで、ひたすら四日間ポイントを見て回ることに徹してきた。魚は岸に居なかったが、四国の海の豊かさが身体に染みいるようだった。

記憶に残る大アブレには共通した点があって、いずれも距離とか、疲労とか、あらゆる分量がヘビーである。そうしたアブレは案外強烈な充実感があり、それ自体で目的に足るものがあった。
現に、四国から単調な高速道路をノンストップで帰るとき、眠くなるどころか、無性にハイな気分になって、東京を越えてこのまま何処までも行けるような気がしていたぐらいである。

アブレも大アブレなら大いに結構だ。
終。
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この原稿をテキスト化している今早朝、近所の若手から、この数日、三十分で三十バイト以上あるポイントを見付けたという誘惑のメールが!やっぱりそっちもイイな。

Posted by nino