ルアーと車(1999年)…自選エッセイ集より【23】

SW,岳洋社

海に近い、田舎の一人暮らしだというと、気ままにのんびりと生活できて、いいですね、とよく言われる。
そんな日もときにはあるのだが、日常はけっこう賑やかだ。釣り仲間の出入りがあるのはもちろん、電話は都会にいたときより頻繁に鳴る。
釣りの話なら大歓迎なのだが、予期せぬ相談事や、得体の知れない所から、お墓を買いませんかとか、イタズラファックス百連発とかが、昼夜問わず有り、静かな生活とはほど遠い。
そんな中、このひと月は、釣りの事よりS2000はどう?という電話が増えた。釣り仲間には、前々から車を買い換えると言ってあったからだと思うが、同好の者は意外に多いらしい。
理由はともあれ、海岸に直接車で入ることをやめて十年。以前は四駆を乗り継いだものだが、これで、二台続けてスポーツカーを選んだことになる。
狭くて荷物は積めず、リクライニングはできず、時計もない。ただ走り、曲がり、止まることが得意な車。定速に乗せるのに、6回もギヤチェンジしなければならない車。車内にロッドを入れるのは、魚をタモに入れるより難しい。
強いて便利なところをあげれば、幌を上げてオープンにして、ウェットスーツを乾かしながら帰れることぐらいか。
それと大事なことを忘れるところだった。慣れ親しんだいつもの道が、新鮮で、運転中眠くならない。当たり前だが、風は常に逆風。前からの風を浴びて気持ちいい。何故か私は逆風が好きなのだ。
◇ウォブンロール
ところで、車とルアーって、共通するところがあって愉快である。
車の挙動というか、運動性を突き詰めて設計すると、やはり重心が大事になるという。よくできたスポーツカーは全体の計量化から始めて、そのハンドリングのためにエンジンとかの重量物を低く、またできるだけ前後車軸の間に置いて、前後末端のバンパーに近い部分は軽くしてある。
今度の車はその点徹底していて、バッテリーやスペアタイヤまで中央に近づけてあった。こうすると、ハンドリングが軽快になり、挙動も制御し易くなる。人車一体感に必要な要素だ。
ルアーでいえば、全般に外皮、つまりプラスチックやコーティング部分があまりに厚くなると、ローリングしづらくなるし、前後のアイ部分が重くなれば、ウォブリングしづらくなる。
だから、ハンドメイドルアーを大事にするあまり、コーティングを追加で厚くするのは、着水してからの運動性を低下させることになる。
また、車もカーブ中ローリングしている。難しい話は避けるが、そのロールにも軸があって、車体前後で異なっている。設定は技術者の腕の見せ所である。
これはルアーにも応用できる。それぞれのルアー固有の泳ぎの本質でもある。
このことをよく知れば、たとえ原子力潜水鑑であろうと、リップを装着して鯨のように泳がせて、なお乗員を船酔いさせないものが設計可能ということだ。
◇リップ
リップといえば、車にもある。リップスポイラー。揚力制御とダウンフォースを目的として、前部バンパー下に付く。流行のエアロ仕様などに、よくある。
これは、時々ひどいものを見かける。特に族車の通称チリトリはルアーのディープダイバーに見まがうばかりの大きさだ。彼らが釣りをやっていてくれれば、それを付けると車体がどうなるか解りそうなものだが、なんと、暴れて浮き上がろうとする後輪を巨大なフスマのようなリヤスポイラーで強引にバランスさせている。当然過大な空気抵抗とダウンフォースで前に進まない。いっそのこと、スポイラーをもっと押っ立ててヨットにしたらとも思う。
◇馬力
国産車では、自主規制(最近、無くなった)で二百八十馬力が上限。一見スゴイが、かってのF1のターボ時代だと、排気量千五百CCで千五百馬力を発生できた。馬力だけ上げるなら、技術的には缶ビール一本分の燃焼室があれば、二百馬力も可能ということだ。だから、市販車改造のチューニングカーの世界では六百馬力級がゴロゴロある。そこで、難しいのが、その力を路面に伝えることのほうだ。
ルアーでいえば、飛距離を伸ばすためだけなら、重くすればいいといったようなものだから、重さは馬力のようなものだ。重心移動システムなら、移動錘を重くするだけだ。
ただし、そこで、ロッドとか、ラインとか、様々な要素がバランスしていないと、軽自動車に六百馬力を積んだようなことになる。
私の設計したもので言えば、海水に浮くというのが二百八十馬力規制として、上限の二百八十馬力のものを数点用意したが、他の機種は百九十馬力でバランスさせたものなど、様々である。全アイテムで馬力競争するつもりはない。
◇リール
スピニングリールはハンドル軸からの入力を九十度転換してローターに出力するのだから、機構的には車のディファレンシャルに近い。また、ベイトリールのスプールの軽量化の目的とするものは、車のアルミホイールの目指すところと同じだ。材質も鋳造から鍛造へ高級化する様も似ている。
そこでどうせなら、耐久性も参考にして、車のようにギヤボックスをシーリングして、ドレンボルトでオイル交換できるリールはできないものか。それに極圧剤の入った非ニュートン系オイル(回転体に絡み付く性質がある)でも入れておけば、水中でも使えそうだ。
◇味
こうして、ルアーと車のふたつの世界を覗いて見れば、いずれの製品も、ただ糸を巻いたり、泳いだり、走らせたりする機能だけなら、何も何倍もの差額を出してまで高性能の車やリールやルアーを買わなくても、十分実用に耐えるものはある。
それでも、我々に欲しいと思わせるものというのは、実用以上の何かがあるものだ。しかも、製品の味わいは車も釣り道具も同軸上にあるのだから、良くできたリールの操作感から、良い車や、良いハサミとかペンチの操作感も容易に想像できる。
車の乗り味、リールの巻き味、ルアーの引き味?それと、そもそも魚の引き味。どれも人間が生きるためだけなら、必要のないものである。なのに、素晴らしいものばかりではないか。

今度の車は、平成十二年度排ガス規制値を五十パーセント下回る。いわゆる環境適合車だが、用もないのに乗り回す事が増えたので、環境に優しいとはいえないのであった。
味も程々に、ということか。

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1999年9月に岳洋社さんのSWに掲載されたものです。
文中のS2000は今年6月に生産を終了したということです。
実車も見ないで予約し、入手してから約10年。ディーラーからは買い換えを誘うメールが間を開けずに届きますが、私はこのまま乗り潰すつもりです。K2Fの擬似風洞実験には欠かせない車なので。

Posted by nino