ザイル

 写真は高校生の時に買った、ドイツ製の11ミリ径ナイロンザイルです。
 一般ロープ類より厳しい規準に則って製造される登山用は、ザイルと称され、けっこう値が張ります。
 アルバイト一ヶ月分をかけて購入したとき、嬉しくて校舎の三階から滑車を使って滑り降りたりしていました。ほとんど落下という、その様子が8ミリフィルムに撮ってあり、我ながらムチャするなぁと、今頃になって反省しています。
 
 あれから……。何度も引っ越しがあり、嵩張って邪魔なので、その度に処分するか悩んだのですが、結局未だ捨てておりません。
 40メートルのはずのザイルは、数メートル伸びています。この場合、増えたと喜んではいけません。衝撃を吸収した名残なので、とうに本来の性能は失われている証だからです。
 
 釣りのナイロンラインで、魚と一時間以上、ドラグが効きまくりのファイトをすると、特にスピニングではチリチリになって、見た目も二度と使う気にはなれないものです。
 しかし、ザイルは表面がいくら綺麗でも、内部にダメージが残っていれば、魚が逃げるのとは訳の違う結果をもたらします。
 
 このザイルは、その能力のありったけを発揮して、まだ未熟な二人の命を救ってくれました。後年、その内の一人は約束通り医者になり、たくさんの人を助けることになります。そして、もう一人のほうは、何故かたくさんの魚を釣ることになりました。
 
 登山用ザイルは、強いに越したことはないのに、PE製品は使われず、相変わらずナイロンです。理由は幾つかあるのですが主に衝撃を吸収する必要があるからです。
 登山のエキスパートからは、これでお互いを繋いだとき、慣れてくると相手の心の動きまで解るようになると言われましたが、残念なことに私は其処まで達することなく、これをフルに必要とする登山からは身を引きました。
 その代わり、長い年月をかけて今はルアーラインの先から、手許にビンビン伝わる何かに感じ入っています。確かに繋がっている先にはイノチがいます。
 それは魚に過ぎませんが、それだけではないことも薄々気付いてはいるのです。もしかしたら、自分が引いて釣っているというのは錯覚で、引かれているのは自分のほうなのかもしれません。 

Posted by nino