スランプ脱出法…自選エッセイ集より【3】(ご質問に答えて)

SW,岳洋社

担当編集者のS氏が、近頃スランプに陥り、魚が釣れないから、その脱出法を教えてという。聞けば、アオリイカ、アイナメ、根魚と、手堅い釣りもやっている。それなりに工夫もしているようだが、それでも釣れない。まさしくスランプ。 こういうときには、あなたには釣りに最も大切な要素、すなわち運が欠けている、などと冷たく言い放つ訳にもいかないだろう。そこで、真面目に考えてみることにした。

本来、釣り雑誌の編集者というのは、内外の釣り名人達の記事に囲まれて、テクニックやポイントに精通しているはずなので、誰よりもウマイ釣り人になっていてもいいはずなのだが``。実際はそうでもない。
ということは、テクニックとか、釣れたルアーとか、ポイントというものの他にもっと大事なことがあるということだ。
ルアーフィッシングは、魚との間合いを、どう効率よく詰めていくかで、結果は大きく左右される。
魚の口にルアーが届く間合いまで、人によっては何百㎞も離れた自宅から、情報を頼りに天候や潮を読み、当日ベストであろう所に向かって車を走らせる。
実はここまでで、釣果は既に決まっていることが多い。限られた休日と時間では、小移動できても限度がある。アブレたくなかったら、ロッドどころかハンドルを握る前に今以上に考えるのだ。
まず、魚との待ち合わせ場所と時間を特定する必要がある。
そんなの解るなら苦労はないっていう声が聞こえてきそうだが、解らなくてもいいのだ。自分で考えたことで間違えたら、すぐに気付くから次回、修正すればいいだけのこと。これが全部情報や人任せだと、どこで間違ったかも気付かず、いつまでも飛躍はない。
情報は受信しているだけのほうが得した気分になれるが、釣っているのは常に発信している側である。

十数年前、ある専門誌にヒラスズキについて、どの季節のどうゆう日にどんな潮時でどんなところへ行けば釣れるか、具体的に書いたことがある。どうしても釣れない人のために、詳しく条件を指定した。
反響は大きく、漸く釣ることができたという感謝の言葉と、そんな都合の良い日にばかり休みは取れないとかの非難が半々だった。サービス心から書いたことなので、少なからず批判があったことに驚いた。
余計なことを書きすぎたと反省して、その後の数年を、たまの休日に誰でも日を選ばずに釣れる魚の研究に費やした。
それが、ヒラメ、マゴチであった。月二十日以上のペースで釣行し、釣れた日時をタイドグラフに付けて、そのまま発表した。
比較的コンスタントに釣れたが、数シーズンぐらいだと、当然バラツキがある。同行した人によっては、実力に関わらず釣れた人と釣れない人に二分され、特定の曜日休みの人が良く釣るといった現象が起きた。別の曜日の休みの人はスランプなわけだ。
これは、日本の気候の流れが週単位で移行し易く、仕方のないことだ。雨の週末やベタナギの曜日が数週続くことは、頻繁にある。これをスランプなどと気にすることはない。通い続けていれば、良い日も数週続くということだから。

ここまでは、自然相手の遊びの宿命で、魚そのものに会えないスランプについて書いてきた。いわばナグサメのようなものだ。では、他人や同行者にはヒットがあるのに、自分はカスリもしない、またはヒットしても、バラシてしまうようなスランプはどうだろう。
そんなときは、釣れている人のマネをしても、どうもうまくいかない。私を含めて、陥りやすい勘違いがあるのだ。
それは、直接、目に見えるものに、気を奪われがちだということである。
自分が釣れないと、つい釣れている人のルアーやリールの巻き方、ジギングで言えばリズムなどが気になってくる。マネれば、そこそこの効果はあるが、かえって、おかしくなることもある。
目で見えることは、たいてい数十m以上、魚から離れている。例えば、同じ速度でリールを巻いているつもりでも、ギヤ比やスプール径が異なれば、魚の目前では同じではない。
ジグなら、同じストロークであおってもロッドの調子やラインの種類で大きく変わる。
つまり、魚の目前の、ほんの数メートル間で、ルアーが、どうあればよいかが重要なのである。「距離的に最も離れた自宅を出る前と、魚の口の直前の両端二点に集中すればよいのだ。」
最も大事な部分は、目には見えない。だから想像力に頼ることになる。
ただし、数十メートル先の、しかも水中のルアーの動きを正確に把握することは、なかなか難しい。今、釣れた人のルアーがヒットの直前でどうなっていたかは、本人でも意識的な釣りをしていないと再現できないものだ。
ざっと見ても、太陽との角度、波、潮流、ライン、リーリング等、変幻自在の要素が多すぎる。
まずいことに、ロッドをこう動かせば、ルアーはこう動くという、一見便利そうな知識をため込むと、ロッド、リール、ラインを変えただけで、スランプになるおそれがある。
それよりも、使っているルアーを、こう動かしたい、それには、どうしたら良いか考えるほうを優先させるのだ。そうすれば、道具を換えてもスランプにはならないし、釣れなかった理由も解ってくる。
それでも釣れないのなら、スランプになった原因を利用する手もある。例えばPEでアブレたりバラシが多くなったら、ナイロンや軟調ロッドに換え、巻き速度の異なるリールを使ってみる。逆もまた有りだ。そのうち理由も解って、あらゆる道具を使いこなせるようになるだろう。

先日のニュージーランド遠征での出来事として、一日でやっと掴んだ3回のヒラマサのヒットを全部バラシてしまい、思わず空を仰いだことがあった。しかし、翌日は15本全部をランディングできた。私にしても、この程度の振幅はあるのだ。
また、今まで、ジグでは結構釣っているが、その時は久しぶりにまともなサイズのヒラマサをミノーやポッパーで釣った。プラグで釣ろうとトライしてから、何年もたっていたが、この期間をスランプとは思っていない。

今回のスランプについて書いたことは、少々解りづらかったかもしれない。もっと具体的に、誰よりも早く投げるとか、早く着底させろとか書けば、効果があるのは承知しているが、センスに欠けると思ったからだ。
この遊びは対人間ではなく、あくまで対自然であって欲しい。
スランプも長く続かなければ、そう悪いものではない。なぜなら、私の経験の半分はスランプ中に身に付けたものだから。
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1999年7月に岳洋社さんの「SW」誌に掲載されたものです。10年近く前に書いたとはいえ、内容は普遍的です。ご質問に、ネット風に軽く答えられそうになかったので、該当するもの(時間をかけて書いたもの)を捜して、ここに載せました。参考になれば良いのですが。

Posted by nino